【KAC20255】天下無双・ダンス・布団の三題噺で書いた短編【2000字以内】

音雪香林

第1話 バレリーノになりたいのにスタート地点に立てない。

 僕は布団にくるまってミノムシになっていた。


紫水しすいちゃん、近くに他にもバレエ教室ないかどうか調べてあげるから。機嫌直して?」


 お母さんが宥めようとしてくるけど「バレエ教室」と聞くだけでまた怒りと悲しみがこみ上げてくる。


 ついこの間、小学校に入学したお祝いだとバレエの公演に連れて行ってもらえた。


 僕はバレリーナのしなやかで可憐で美しい姿にも魅せられたけど、同じくらい男性のバレリーノの肉体美にも惹かれた。


 パンフレットによると「世界一のバレリーノ」とのことだ。

 なるほどその評価も頷ける。


 これまで僕は賢いけどそればかりで「頭でっかち」と言われてきた。

 けれど、そろそろその殻を破ってみるのも良いだろう。


 そう思い立って公演終了後にお母さんに「バレリーノになりたいから教えてくれるところを探して欲しい」ってお願いしたんだ。


 お母さんはさっそくスマホで検索して近くのバレエ教室に見学の申し込みをしてくれた。


 けれど、実際に足を運ぶと教室の先生は困惑した。


「すみません。てっきり女のお子さんかと……。あの、私、女の子は教えられるけれど男の子は指導経験がなくて……あ、でも見学だけなら大歓迎ですよ」


 僕は帰りたかったけれどお母さんが「せっかく来たし、見るだけみてみましょうよ」なんていうから……こっちを見ながらクスクス笑うやつ、困惑する奴、恥ずかしがって先生に怒られる奴、てめぇらプロの舞台は男性のバレリーノなしでは成り立たないんだからな。


 そんなんだと一生プロにはなれない唯のお嬢さん芸だ馬鹿どもめ!

 僕は、どうせ習うならプロになりたい。


 しなやかで逞しく、かつ美しい肉体美を手に入れたい。

 見てくれだけなら独学の筋トレでどうにかなるだろうけれど、僕は踊りたいんだ。


 激しく動いているのに指先すら整った隙のないダンス、ストーリーに合わせた演技力、早く練習して公演で観たあの人みたいになりたい。


 いや、長じては超えて魅せたい。

 そのためにもはやく師につかなければいけないのに。


 悔しい。

 僕はスタート地点にすら立てないのか。

 不覚にも涙が浮かんできてぐすっとしてしまったとき。


「紫水ちゃん、さっき電話してきたんだけどね。男の子も教えてくれるバレエ教室が見つかったの」


 僕は布団を蹴っぱぐって起き上がった。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のままでお母さんに迫る。


「なるべく早く見学に行きたい!」


 お母さんは「元気になって良かった」と笑いながら。


「紫水ちゃんならそう言うと思って明日行けるようお願いしておいたわ」


 僕は、今度は嬉しさで涙ぐみながら「大好き!」とお母さんに抱き着いた。


 ***


 翌日件のバレエ教室に見学に行ったのだが、男の子も教えられはするけれど、現在習いに来ているのは女子だけのようだった。


 僕が見学者だと紹介されると、女の子は一様に困惑する。

 だが、この間の先生と違い。


「バレエは女性歌劇団とは違うんですよ。男性のバレリーノだっているのですから、異分子扱いするのはおやめなさい」


 と、たしなめていた。

 僕は内心で『なかなかの先生だ』と何様な評価をしながら練習を見学した。


 終盤に先生は「あなたの実力が見たいわ。少し踊ってごらんなさい」と僕に要求してきた。


 お母さんが「この子はダンスの経験なんて……」と断ろうとしたが、僕はそれを押しとどめて前に出た。


 見学した内容ときっかけになった公演の男性バレリーノの動きを頭の中で組み合わせ、即興の振り付けを考える。


 そして……踊った。

 頭の中では上手く言った動きも、実際に踊ってみると身体が付いて行かない。


 けれど必死で、バレエに分類できるかどうかもわからないが、今の僕にできる最高のダンスを踊り切った。


 僕が終わった合図にぺこりとお辞儀すると、場はシーンと静まり返る。

 誰か何か言ってほしい。

 この際罵倒でも構わない、なんて思っていたら。


「ブラボー! なんてことなの? ダイヤの原石を見つけたわ!」


 先生が涙ぐみながら拍手し、僕を抱きしめた。

 いきなりの称賛に僕は戸惑い目を白黒させてしまう。


「あなたならあの子をしのぐ天下無双のバレリーノになれるわ!」

「あの子?」


 僕が聞き返すと、先生は僕がバレエを習おうと思ったきっかけのバレリーノの名を口にした。

 僕が息を呑みながら。


「あの人以上に……僕が?」


 世界一を超えて天下無双へ?


「ええ! きちんと練習すれば、だけれどね」


 先生が腕を解いて身体を離す。

 僕は姿勢を正し先生を見上げてから「これからよろしくお願いします!」と深々とお辞儀した。


 こうして僕はバレリーノへの道をスタートさせたのだった。




 おわり

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