瞼の裏に
@llr_rainy
第1話
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
瞼の裏には、夜の街が広がっていた。
目をつぶると見える、街頭の明かり。ネオンのきらめき。
不思議な光景に戸惑っていると、老人に声をかけられた。
もし、そこのお兄さん。
なんでしょう?
お兄さんはそこで何をしているんだい。
待っているのです。
勝手に、口が動いた。
待っている?
はい、待っているのです
こんなところでか?
そう言って、老人は辺りを見回した。
そこは街頭の明かりがかろうじて届くような路地裏だった。
はい。
一体、誰を?
私が殺すはずの、あの人を。
そうか、頑張ってな。
そう言い残すと、老人は暗がりへと去って行った。
路地裏の奥に目を凝らしても、もう老人の姿は見えない。
あの老人は誰だったのだろう。
そして、ここは一体どこなのだろう。
いや、それよりも――自分は今なんといった?
こつ、と。
遠くからヒールの足音が聞こえた。
こつこつ。
その音に、何故か異様に集中している自分がいた。
こつこつ。
近づいてくる。
こつこつ。
近づいてくる。
――こつ。
足音が路地裏のすぐ横を通りがかったとき、急激に自分の体が動いた。
路地裏から飛び出して、女の首に手をかける。
そのまま、道の反対側にある塀に押さえつけようとする。
女は、何が起きたのか分からないまま、それでも手に持ったバッグを振り回して反射的に暴れた。
反射的に。
あるいは、予感はしていたのかもしれない。
ひょっとしたら、こんなことになるかもしれない、と。
心当たりが、あったのかもしれない。
跳ね上がったバッグの角が、自分の目に突き刺さる。
行き当たりばったりで女を襲った暴漢ならば、思いがけない抵抗に怯んで、逃げ出すチャンスが生まれたかもしれない。
けれど、自分は首にかけた手を緩めなかった。
曖昧な可能性に基づいた抵抗では、確固たる殺意から逃れることはできない。
女は壁に押し付けられた。
くひゅ、と肺から押し出された空気が、絞られた喉で詰まる音。
下を向いて見開かれた目が、ぎょろりと自分を見上げる。
その顔に、自分が生身の人間を殺そうとしていることを実感する。
ぞわりと肌が泡立った。
湧き上がる恐怖と嫌悪感を手に込めて、より一層強く首を絞めつける。
バッグを手放した女が、首にかかる手を解こうともがく。
しかし、しだいにその力も弱まっていき、やがて力なく腕が落ちた。
腕が落ちた後も、自分はじっと首を絞め続けて、絞めつけた手から完全に拍動が伝わってこなくなると、女を地面に横たえた。
腰に携えていた鞄から取り出したブルーシートを地面の上に敷くと、女を転がして包み、ビニールテープで縛る。
自分はそれを肩に担ぐと、路地裏の傍に止めてあったワゴンに運び、エンジンをかけてどこかへと走り去っていった。
――目を開く。
視界に入ったのは、今ではあまりにも見慣れた灰色のコンクリートだった。
「172番、起きろ」
――ああ、そうか。
顔を上げると、鉄格子を挟んで看守が不機嫌そうに立っている。
夢の中の老人と同じ顔をしていた。
瞼の裏に @llr_rainy
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