10回目のあの夢を見る

鳥辺野九

あの夢を見たのは、これで何回目になるのか


 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 いや、あの夢なんて優しげな言葉では生温い。あれは心をじわじわと蝕む悪夢だ。


 初めてあの夢を見たのは幼稚園に入園する夜だった。悪夢の意味もわからずにただ泣き叫ぶ私を、母は自分のベッドへと招き入れてくれた。悪夢は少しだけ和らいだような気がした。


 2回目のあの夢は、小学校入学の夜にやって来た。悪夢に足を踏み入れた私はもはやどうすることもできずに夢の中で狼狽え続けた。この時も母が助けてくれたことを覚えている。


 3回目にあの夢と出会ったのは中学校入学の夜。悪夢との戦いはただひたすらに耐えること。それだけだ。もう母に頼ることなく、私は夢の終わりを待った。ただただ待った。


 4回目の夢は高校に入学する夜。悪夢はやはり音もなく始まった。ああ、またこの夢か。私はたった一人、諦めともとれる錆びついた思いで悪夢に染まった。


 5回目のあの夢。大学入学の夜。思っていた通り悪夢は私の元に訪れた。もう夢を怖がる子どもではなくなった私は、冷めた感情で悪夢が繰り返されるのを見ていた。悪夢はすぐに終わった。


 6回目。社会人になる夜。就職、初出社の緊張感が厄介だった。厳しい社会に放り出されることよりも悪い夢の方がまだましか。もはや懐かしささえ感じるあの夢に身を委ねた。


 7回目の夢は結婚式の夜にやって来た。形を変えない悪夢はその手触りすら子どもの頃のままで、残酷な絵本のページをめくるような恐怖と期待とが入り混じったものだった。


 8回目の夢は私が子どもを産む夜に訪れた。悪夢はどこか優しげで、柔らかな感触が私を包んでくれたのを覚えている。出産のため私は悪夢どころではなく、夢を観察することもなく悪夢は終わった。


 そこからしばらくあの夢は見なくなった。


 あの夢は人生の節目にやって来る。それに気付いた時こそが、あの夢とのお別れの時だったのかもしれない。


 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 母が亡くなった夜、久しぶりにあの夢を見た。あの夢。私を責め立てるような悪夢。母が亡くなる悪夢は現実のものとなった。私は悪夢をきっちりと見送った。

 もしも10回目の悪夢を見るとしたら、きっと母となった私が亡くなる時だろう。

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