第18話 止水の令嬢

 ミルルミルとリステンの町歩きデート当日。

 

「馬車ではこうして横に並んでいたか」


「リステン様、夢に合わせる必要はありません」


「そうだな。しかし、夢で並んでいたということは、並んでも良いということだろう?」


「……そうですね」


「ならばこうしていよう。隣にいても良いのなら隣にいたい」


「それならかまいませんわ」


 いつもは馬車で向かい合わせに座り、侍女や執事を連れることもあるが、今日は二人きりで馬車に乗り、さらには横並びで座っている。

 表情も声色も冷静な二人だが、見る人が見ればその甘すぎる雰囲気に砂糖を吐き出してしまうだろう。


「あれが水道橋ですのね」


「あぁそうだ。今から七十五年前。先々代が若くして国王になり、最初に行った事業だと聞いている。西部地域の農業の発達にこの水道橋が寄与したようだ」


「先々代の国王様がお作りになったのですか。そんなに古くからあるとは知りませんでした」


「ここは学園で習わないからな」


「それほどの年月が経ったとは思えないほど綺麗に保たれていますね。清掃したばかりですか?」


「いや、国の大規模清掃はまだ先。十年に一度だから五年後か。だが、西部の住民の有志が定期的に清掃しているようだ」


「お詳しいのですね」


「王族として当然だ、と言いたいところだが、昨日調べてわかったこともあるな」


「わざわざ調べてきてくださったのですね。ありがとうございます」


「いいや、俺も勉強になった」


 なんてことのない普通の会話。

 口数が多いわけでもない。

 それでも二人にとっては特別で、今まででは考えられないほど言葉を交わしている。


 二人はそのまま市場へ向かった。

 そして、馬車を降りて手を繋いで歩く。

 夢があるからこそどちらともなく自然に手をつなぐことができていた。


「おっ、また来てくれたのかい!」


「ええ、この間は一つしか食べられなかったでしょう? 他の物も食べてみたかったの」


「なんだ、嬉しいこと言ってくれるねぇ! ほら、今日もおまけしとくよ」


「そんな、悪いですわ」


「遠慮しなさんな! おかげで毎日飛ぶように売れてんのさ! それでも悪いってんならね、代わりにこのメイン通りの一つ向こうにある雑貨屋に行ってくれないかい? うちの娘が髪飾りを作ってるんだよ」


「わかりましたわ。必ず行ってみます」


「本当かい!? ありがとうね!」


 ミルルミルはいつの間にか市場で人気者になっていた。

 王子の婚約者で目を引く見た目をしており、冷徹な令嬢という噂だった関わらず、話してみると気さくで少し抜けていて意外と感情豊かだということがわかったからだ。

 そのギャップに市場の者たちはやられていた。

 リステンより人気になっているくらいである。


 メイン通りを見て回ったり、少し外れたところにある雑貨屋に行ったりしてから、賑やかな市場を離れて時計台に向かった。

 時計台の高さは約二十メートル。

 周辺の建物からすると飛び抜けて高く、町を一望することができる。

 ミルルミルたちは階段を登りきり、その景色を堪能していた


「あっ、あれが水道橋ですね。町をこうして流れていくのですか」


「やはり上から見るとよくわかるな。それに、今日通ったところと照らし合わせると面白い」


「市場の通りもよくわかりますね。あの辺りをこう歩いていたのですか」


「そうだな。雑貨屋はあそこか。さっきは少し迷ったが、こうしてみると単純だ」


「そうですね。あちらの道を通ればよかったです」


「地上にいると気がつかなかったな。今度来るときはあの道を通ろう」


「ええ、そうですね。ここに来てよかったです」


 ミルルミルはリステンが自然に次に来る時のことを考えてくれて、思わず口元が緩む。

 リステンはふとここがミルルミルの夢で出てきたところだと思い出した。


「ミルルミルはこの景色を見たかったのか? 城からも町は一望はできるが、遠すぎてここまで詳細にわからないからな」


「ええ、それもありますわ。ですがもう一つ目的がありまして……」


「もう一つの目的?」


「そうなんです」


 ミルルミルはそう言ってリステンと見つめ合った後、王城の方をちらりと見た。

 王城は丘の上に建っているため、お互いによく見える。


「どうした?」


「いえ、なんだかヒアイル様に見られてそうな気がして。しゃがんでいただけませんか?」


 しゃがむと王城は見えないが景色も見えない。

 リステンはどうしたのかと思いつつミルルミルの言う通りにしゃがむ。

 すると、ミルルミルもスカートを押さえながらしゃがんだ。


「目的は……夢の続きがしたかったんです」


「夢の続き?」


 不思議そうにリステンが言うとミルルミルが近づいてきて、内緒話をするかのように耳元に口を寄せる。


「時計台でキスをすると結ばれるという噂があるのです」


 そう言ってミルルミルはリステンにキスをする。

 そして、すぐに離れたミルルミルは蠱惑的でいたずらっ子のような、それでいて純粋無垢で照れ屋なような、止水の令嬢とは程遠い複雑で魅力的な表情をしていた。

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氷の王子と止水の令嬢~クールな顔して恋愛ポンコツです~ 出井啓 @riverbookG

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