第17話 ヒアイル5

「あっ、その湖はリステン様と見に行ったことがありますわ。澄んだ水が本当に綺麗で驚きました」


「あそこは特別だからねぇ。今度泳いでみたらどう? 水着買いにいこっか」


「水着は……その……」


「そんなことしたらリステンに襲われちゃうかー」


「いえ、リステン様は紳士な方ですから、そんなことはありえません」


「物足りない?」


「そんなことはありません!」


(いやー、順調そうでよかったよかった!)


 朝食後の紅茶を優雅に飲み、ミルルミルの話を聞きながらヒアイルは満足そうに笑みを浮かべる。

 これは前の町歩きから約一か月半後、ヒアイルの部屋にミルルミルが泊まり、その朝のことである。


 二人は夜から様々な話をしていた。

 主にミルルミルがリステンとの惚気話をして、ヒアイルはリステンが幼い時にした恥ずかしい話をするという、どちらにしてもリステン中心の話だ。


 あれから、ヒアイルの夢攻撃や盗撮、覗きはなくなった。

 ミルルミルからNGがでたので、さすがにヒアイルは無視できない。

 ミルルミルは推しであり、嫌われたらヒアイルは耐えられないからである。

 ただ、二人のことを応援していることは本当であり、ヒアイルのお節介によって二人の距離が縮まったことも事実なので、こうして報告することになっているのだ。

 

 しかし、そんな穏やかなひとときを乱す音が鳴り響く。

 ダンダンダンダンダンという荒々しいノック。

 ヒアイルの「どうぞ~」という気楽な声と共にドアが開くと、そこにはリステンがいた。


「ミルルミルもここにいたのか」


 入ってきた時は凍りそうなほどの眼差しだった瞳が驚きに揺れる。


「ええ、昨日ヒアイル様のご厚意によりお泊りをいたしました」


「そうだったのか。姉上、何を考えているんですか?」


「何を考えているって二人の幸せだよ? 昨日からミルルちゃんにいろいろ聞いちゃってさー」

 

「しらばっくれないでください。あの時、もう夢見の布団は使わないと言いましたよね? 今日は使いましたね?」


 そう、リステンがここにやってきたのは特別な夢を見たからだ。

 リステンがミルルミルとデートをする夢。

 二人きりで馬車に乗って水道橋を見て、手をつなぎながら市場を歩き、そして、時計台に行くルート。

 その時計台では二人がいい雰囲気になり見つめ合う、というところで夢は終わった。


 町歩きデートは明日することになっている。

 そんな時に夢を見たということは、そこでまたヒアイルなにかしでかそうとしているのではないかと考えたのだ。

 しかし、ヒアイルは首を振った。


「あれは私じゃないよ?」


「じゃあ、誰がやったと言うんですか!?」


 ヒアイルは両手で横を指さす。

 そこにはミルルミルが立っていた。

 そして深々と頭を下げる。


「申し訳ありません、リステン様」


 そんな姿を見てどういうことかわからずリステンは固まった。

 

(まぁそうなるよねー! ミルルちゃんからの依頼を聞いたときは私もびっくりしたよ!)


「ヒアイル様を怒らないでください。私が頼んだことなのです」


 そう、リステンが見た夢とは、次のデートはこんな感じがいいとミルルミルが考えて計画したものだ。

 二人の距離はグッと近づいたものの、さすがにミルルミルからこんなデートがいいですとは言いにくい。

 しかも、もっとイチャイチャしたいという内容である。

 流石にハードルが高かった。


 でも言わなければ伝わらない。

 リステンは紳士なのでなかなかそんな雰囲気にはならないからだ。

 そんな時に思いついたのが、ヒアイルが発明した夢見の布団である。

 夢見の布団があればちゃんと伝えられる。

 そう思ったミルルミルがヒアイルにお願いをしたのだ。


(ほんと可愛いんだからねぇ)

 

「ほら、リステンも何か言いなよー。ミルルちゃんがこんなにも勇気を出してるんだから」


 固まったままのリステンにヒアイルがニヤニヤしながら話しかけた。

 するとリステンはヒアイルをチラリと睨む。


「姉上は黙っていてください。それで、その、夢はミルルミルが作ったのか?」


 ミルルミルは頬を色づかせながら「はい、その通りです」と恥ずかしそうに答えた。


(かわいいなぁもう! やっぱりリステンにはもったいないよ!)


「そうか、それならいいんだ。俺も、こんなデートはしてみたいと思った。伝えてくれて嬉しい。ありがとう」


「いえ、その、ありがとうございます」


 二人とも表情は冷静だが、視線が絡み合ったと思ったらスッと恥ずかしそうに視線をそらす。


(初々しい! 付き合いたてのカップルかよ! 何年一緒にいたと思ってるの? 最高だよっ!)


 そんな雰囲気を間近で浴びて満足そうなヒアイルなのであった。

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