歩き続けよう、希望ある限り

卯月

世界で二人きりの、あたしと猫。

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 起きたときには、忘れている。

 でも夢の中では、前にも見たあの夢と同じだと、理解している。

 扉を開ける夢だ。


 就職し、一人暮らしを始めたワンルームマンションの玄関ドアを開けると、足元に猫がいる。

 ちょっと体重の多そうな、かぎしっぽの黒猫だ。

 ぶすっとした顔で、あたしと目が合うと、ぷいっと目を逸らす。二、三歩、たぷたぷ歩いてから振り返り、もう一度あたしを見て、また歩き出す。

 あたしはスウェットの部屋着とサンダルで、黒猫の後を追う。


 この猫を、知っている。

 ずっと探していた気がするのだけれど、その理由を、思い出すことができない。


 猫とあたしが歩く道の、周囲の景色はどんどん変わる。

 空が真っ赤な住宅街。

 月明かりだけの山の中。

 石の建造物の廃墟。

 一面の砂漠。

 海の上。

 どこがどう繋がっているのかはわからないけれど、共通点は、誰にも会わないこと。果てしなく続く道を、世界でたった二人きりのように、あたしと猫は歩く。


 そのうち、空間自体が発光しているみたいに、何もかも真っ白な場所に着く。

 歩いてきた白い道が、数十個とか百個とか無数の扇状に分かれていて、分岐の前で立ち止まった猫が、短く鳴く。

 自分で選べ、という意味だ。

 道の一つに踏み出すと、猫があたしの隣に並んで歩く。玄関で見たときより、心なしか猫が大きい。

 足元がサンダルではなく、小学生の頃に履いていたスニーカーであることに気づいて、自分の背が縮んで猫が近くなったのだと納得する。

 今のあたしは、ランドセルを背負った小学生だ。


「――あなた、あの猫さんね?」


 小5のとき。

 あたしは、誰もいない異世界に迷い込んだ。

 空が真っ赤な恐ろしい場所から、猫が連れ出してくれたことには、感謝している。

 でも、あたしが帰ったのは本当のあたしの家じゃなくて、よく似ているけれど違う並行世界だった。

 あれからずっと、このかぎしっぽの黒猫を探していた。

 いつか、本当の家に帰るために。


 白い道の先に、白い扉がある。

 ドアノブに手をかけ、一瞬ためらってから、勢いよく開く。



 扉が消える。


「――しゃあねぇ。また次回だ」


 おじさんの声で、猫が言った。

 部屋着にサンダルの大人に戻ったあたしが、涙声で尋ねる。

「また、案内してくれる?」

「次回っつってんだろ」

「……ありがとう」


 そしてあたしは。

 何も覚えていないけれど、悲しいような、懐かしいような、少し嬉しいような気分で、泣きながら目を覚ます。



〈了〉

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