現状維持こそユートピア

ちびまるフォイ

手垢のついた安心で確実な方法(オーパーツ)

人類の寿命は1000年となった。


寿命が大幅に伸びた先に待っていたのは将来への不安。

この先も安心安全にむこう1000年生きられるのか。


そんな地球国民の不安をうけ、

地球リーダーは「ユートピア法」を実施した。


「これから、全人類の現状維持をルールとします!!」


新しい技術、新しい考え方、新しい方法。

なにか新しいことをするのは禁止。

良いことも悪いことも。


事前に決められた西暦2050年までの技術や知識だけを扱い、

それ以降の新情報は破棄され、それ以上を学ぶことは禁止された。


ユートピア法の開始当初は逮捕者が絶えなかった。


「ちくしょーー! なんで歴史の新解釈で

 逮捕されなくちゃならないんだ!」


「勝手に新しい要素を持ち込むな!!

 ユートピアを壊すつもりか!!」


「今までの考え方が間違っていたんだよ!」


「間違っているのはお前の方だ!

 せっかく安定している社会にイレギュラーを持ち込むな!!」


歴史の新解釈という新観点は厳格に処理された。

新しい要素を持ち込めばそれが争いの火種になる。


それが正しいか、正しくないか。

これを起点としてさらに別の新解釈が生まれるかもしれない。


進歩は争いの火種として処理された。

逮捕されるのは歴史学者だけじゃなかった。


「ちがう! これは現在の化石エネルギーを超える

 クリーンでスマートな新エネルギーなんだ!」


「地下でよくもこんなことを!!

 新技術の開発はユートピア法違反だ!!」


「もっと良い世界になるんだぞ!?」


「そういった新技術が破滅を生むんだ!!

 手に余る新技術なんて、世界には不要だ!!」


科学者の逮捕も相次いだ。


許されている過去の実験に飽き足らず、

新技術を開発する科学者たちは一斉検挙となった。


ユートピア法が始まってしばらくすると、

現状維持の大切さが地球に浸透したようで逮捕者は減った。


地球の周りには天候制御パネルが設置され、

人工的にいつも同じ天気や気温にして現状維持をさせた。


最後の新生児の誕生から250年が経過した。

地球は600年前のまま生活も人もファッションも変わらない。


「まさにユートピアだ。変に進歩を求めるから破滅につながる。

 現状維持こそ正義。信頼と実績があるものだけを選択すれば良い」


地球に暮らす人々は600年前の娯楽も飽き始めていた。

人間がいくら成長を止めたとしても、あるものだけは進歩をやめていなかった。


「地球リーダー! 大変です!」


「なんだ騒がしい。ユートピア化したから、問題なんて起きっこないだろう」


「それが起きたんです!」


「そんなバカな。懲りずに進歩をしようとした犯罪者を逮捕でもしたか?」


「いいえ。ちがいます。ウイルスです!」


「は?」


「新種のウイルスが、今地球の人間全体を苦しめています!!」


「な、なんだって!?」



俗称「ユートピア・ウイルス」。


変わらぬ生活環境。

変わらぬ日常風景。


同じような毎日を、同じように過ごし続けることで発症。

現在の致死率は90%。


「2050年までの症例は?」


「あるはあったんですが、当時は脅威ではなかったので……」


「なんでずっと昔は脅威じゃないのに、

 今になって脅威になるんだ!」


「それはここがユートピアになったからですよ」


「治療法は!?」


「2050年前の古の方法しか……」


「それしかないだろう!?」


新しい医療技術などはない。

今この世界で使えるのは大昔の治療法しか無い。


それでも2050年までの病原菌なら有効だった。

しかしユートピア・ウイルスにはどうか。


当時はまだ進歩が行われていたのでウイルスの毒性は低く、

せいぜいの治療法が「滝行すればなんか治る」だった。


ユートピア化により毒性マシマシとなった現在。

滝行ごときで治るはずもなかった。


「地球リーダー、ダメです! 感染抑えられません!!」


「くそ! 感染者は隔離しろ!」


十分な医療技術を失った今。

できることといったら感染者を家族から引き剥がし、

臭いものにフタをするように隔離するにとどまる。


「地球リーダー。ユートピア法を一時停止し、薬の新規開発を許可しましょう」


「そんなのムダだ」


「どうして!?」


「いったいどれだけの間、この地球は現状維持したと思う?

 もう人間に進歩や改善をする思考も能力も無い」


「そんな……!」


地球に住んでいる人間はすでにやる気なんかなかった。


進歩も発展も向上も禁止されれば、

昨日と同じ今日を過ごすだけの無気力ゾンビ。


そんなゾンビに「新ウイルスに対抗する薬を開発しろ」だなんて、

文字が読めない人間に漢文の音読を要求するようなもの。


もうユートピアは終わり。

そう諦めかけたときだった。


空から緑色の閃光が光って、大きな宇宙船がやってくる。


「アナタが、地球リーダー、デスか?」


「あなたは……?」


「ワレワレは銀河3丁目を管理している宇宙人デス。

 この星の自然保護固有種・ニンゲンが絶滅しそうなので助けにきまシタ」


「え、ええ……? よくわからないのですが助けてくれる……?」


「ソウです。この星の固有種がいなくなるのは避けタイ。

 宇宙の生物多様性を守るのがワレワレの仕事ですカラ」


「ああ、ありがとうございます。

 実はこの地球は今ユートピア・ウイルスに苦しめられていて……」


「事情は知っていマス。さあ、この薬を」


「これは?」


「ユートピア・ウイルスの新薬です。

 宇宙医療の技術革新を詰め込んだ特効薬デス。

 これできっと地球ニンゲンは救われマスヨ」


その革新的で未来的な特効薬を見る。

地球リーダーの答えはひとつだった。




「そんな見たことも聞いたこともない新薬、

 危なっかしくて使えるか! お断りだーー!!」



人間は2050年の医療を選択し、度重なる滝行の末に絶滅した。

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