Head trip
蒼河颯人
Head trip
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
朝方に「見」てしまったために、つい着の身着のままで、その家から飛び出してきてしまったこともあった。たまに「見」る程度なら気にならないのだが、こう何度も「見」ると、自分が何か悪いものに取り憑かれているのでは? と勘繰りたくもなってくる。同じ夢を何故こうも繰り返して「見」てしまうのか、良く分からない。意識したつもりは特にないのだが、「見」てしまうのだ。
ある時は通り道で。
ある時は映画館で。
ある時は喫茶店で。
ある時は海水浴場で。
ある時は電車のホームで。
ある時は校舎の中で。
ある時は乗り物の中で。
ある時は店の中で。
ある時は家の中で……。
こう言うと、私が一体何を「見」てしまうのか、気になるだろう? 男だ。それも、私と同じ髪色、私と同じ瞳の色、私と同じ顔をした男が、私と全く同じ格好で現れるのを「見」てしまうのだ。何度も何度も。これは、ただの偶然とは思えない。だから、これは自分が自分に見せている「夢」だと思っている。否、これは悪い「夢」だと思いたい。
世の中似た人間は3人いるとよく言ったものだが、この「男」は、相違点を探すほうが難儀なほど私と同じなのだ。私の肉体から霊魂が分離・実体化したもの。つまり、「二重身」や「自己像幻視」とでも言えば良いのだろうか。これを2回見ると、見た人も死ぬと、どこかで聞いたことがあるのだが、今回で9回目だ。迷信通りであれば、私はとうの昔に生きていないだろう。
それにしても、いつ頃からあの「夢」を見始めたのだろう。思い返してみると、一つだけ思い当たることがある。ああ、きっとそうだ。あの時からに違いない。
──実は、私は過去に一度だけ、罪を犯したことがある。
それは、学生の時だった。私は天童と呼ばれ、小さいころからあらゆるものに恵まれていた。周囲の人間が言うことによると、私は端正な顔立ちに、輝く緑の黒髪で、道を歩けば誰もが振り返るような容貌らしい。スポーツ万能で、努力しなくても試験では常にトップ。同級生の女子にもてはやされるのは日常茶飯事だった。家に帰れば母親の手によって、常に好物が準備されており、父親によってお小遣いは山程与えられ、買いたいものは、即買える位だった。希望は全て叶い、何一つ不満のない時間が、これから先もずっと続くと思っていたのだ──あの「男」が現れるまでは。
‡ ‡ ‡
ある日、私の学年に、あの「男」が編入生として現れた。奇妙な「男」だった。私と髪の毛1本さえ、相違点のない男だったのだ。すると、彼はあっという間に学校中の人気者となってしまった。それまで学業の成績、スポーツ、何一つとっても私が一番で、誰一人その王座を明け渡したことさえなかったと言うのに、彼に全て追い越されてしまった。集中出来なくなったせいか、成績も一気に9位まで落ちた。それまで私に侍っていた、学校一美人で有名なマドンナさえも、手のひらを返したように彼の元へと行ってしまったのだ。家に帰れば苦手なものばかり出される上、小遣いまで減らされた。
──あの「男」が現れてから、ろくなことがない。
何もかも思い通りになっていた世界が、少しずつ崩れ落ちてゆく。私は、天上から一気に地の底へと突き落とされたような心地がした。
──あの「男」さえいなければ、私の人生は全て順風満帆だったのに。
私は一体、あの「男」と何が違うと言うのか? 何が劣っていると言うのか? 頭から爪の先まで見てくれ一つ変わらず、鼻を指でかく癖の一つまで、そっくりそのままだと言うのに。そう思うと、腸が煮えくり返って、仕方がなかった。
──あの「男」さえいなければ、嘗ての栄光が戻るかもしれない。
そう思った私は、その計画を実行するために、その「男」をおびき出すことにした。
──あの「男」が、私の目の前に現れるから悪いのだ。私は悪くない。私は間違っていない。
私は今晩一緒に飲もうとその「男」を誘い、自室へと連れ込んだ。44階建てビルの一部屋が、私の家だった。自分の部屋は海際で、見晴らしが最高の場所だ。ソファーで待っていたその「男」は私に渡されたウイスキーを、乾杯したあと、何一つ疑うことなく口に運んだ。
私は、ぐったりとソファーの上で動かなくなった男を、窓から突き落とした。ビルの最下層は、真っ黒な波がうねっているのが見える。足にダンベルを結びつけておいたから、死体はそう簡単に浮き上がってくることはないだろう。監視カメラは故障していたから、証拠は撮られていない。この地域は早仕舞いするものばかりだから、この真夜中に、私を目撃するものさえいないのだ。
私が目論んだ通り、翌日になっても、1週間経っても、1ヶ月経っても、この夜のことは誰一人知ることもなく、新聞に飾られることもなかった。
‡ ‡ ‡
私にとって目障りだったあの「男」が消えてから、再びあの「栄光」は蘇ってきた。しかし、それと同時に奇妙な「夢」を見るようになったのだ。
この手で始末した筈のあの「男」が、何故か私の周囲に出没するようになったのだ。これまで9回も現れた。全て「夢」中の出来事なのだが、生々し過ぎて、吐き気を催したくなる位だった。
ある時は通り道ですれ違ったり、
ある時は映画館で後ろの席に座っていたり、
ある時は喫茶店で窓際で珈琲を飲んでいたり、
ある時は海水浴場で泳いでいたり、
ある時は電車のホームで景色を眺めていたり、
ある時は校舎の中でロッカーを開けていたり、
ある時は乗り物の中で中吊りポスター広告を目で追いかけていたり、
ある時は店の中でカートを押していたり……。
それだけでもおぞましいと言うのに、
ある時は、横で静かに眠っている筈の恋人が、あの「男」と抱き合っていたことさえあったのだ。私に抱かれている時よりも、髪を振り乱し、上気させ恍惚な表情を浮かべているのがあからさまだっただけに、余計に癪に障った。
しかも、その「男」は全て私と全く同じ風貌で、身体の肉付きさえ全く同じなのだ。女の抱き方さえ全く同じだと言うのに、何故私の方があの「男」より下なのか!
あまりのことに、私はその場で意識を失った。
‡ ‡ ‡
気が付くと、「私」はとある部屋にいた。周囲はコンクリートの色しか見えない。家具も何一つない部屋だった。コツコツと響き渡る靴音に、顔を向けてみると、一人の男が私に向かって歩いて来るのが見えた。「私」と全く同じ服を来て、「私」と全く同じ髪型をし、「私」と全く同じ瞳の色をした男。「私」は背筋に氷柱を突きつけられた衝撃を感じ、その場から逃げようとしたが、急に後ろに引き戻され、尻もちをついた。後ろ手にロープで縛られていることに気が付いた。
すると、「私」と全く同じ顔をした〝その男〟は、すました顔をしてこう言い放った。
「まだ『夢』の中だと思っているのかね? 0☓009号君。随分とおめでたいことだな。君はそんなに愚かな生き物とは思わなかったのだが……頗る残念だ」
私と全く同じ風貌をしたその男は、「私」の額にかたい、冷たい金属のものを押し付けた。カチリと音が周囲に響き渡る。銃口を突きつけられていても、私は変わらずこれは「夢」だろうと思った。「夢」が覚めたら「現実」に戻れる筈。「夢」が早く覚めればそれで良い。そんな「私」を彼は、上から見下ろすような目付きをしてこう言い放った。
「一体何を恐れているのかね? 君だって、同じことをしただろう? 〝用なし〟と判断した〝君〟自身を〝君〟が始末した。指紋一つ、DNAすら全く同じ〝君〟自身をね。今度は君が〝用なし〟の番となった。〝君〟は全て〝私〟より性能が劣っていると〝私〟が判断した、ただそれだけの話だ0☓009号君。なあに、案ずることはない。まだ替え玉は幾らでもいる。だから安心したまえ。君が消えても、君のオリジナルである〝私〟はこうして生き続けるわけだから、世界は何一つ変わらないのだよ。君の人生が途切れることは永遠にないのだから……」
──完──
Head trip 蒼河颯人 @hayato_sm
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