【KAC202504】永久に燃え盛る碧

青月クロエ

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 二十五年前、彼女が私のアトリエを初めて訪れた日の夢を。


 扉を潜ってきた彼女にその場にいた全ての者が目を奪われた。

 豊かなブルネットの髪、白磁の肌、貴族的な気品、彫像のごとく整った容貌。

 世界中のありとあらゆる絵画で描かれた美女にも負けない絶世の美貌を前に、誰もがひととき動きを止めた。止めざるを得なかった。

 しかし、私たちが手を止めざるを得ないほど惹きつけられたのは、美貌以上に、怒りに似た激情に燃え盛る碧眼だった。


 彼女は物心つき始めた頃より、類稀な絵画の才能を発揮していた。男であれば、国内有数のアカデミーで早期特待生で入学できただろう。そう、男であれば。

 女はアカデミーで専門的に絵画を学ぶ資格を持たない。彼女は燻っていた。だから、この国の大家の一人である私の門戸を叩いた。

 画家を夢見る、二十歳にも満たない田舎娘。

 絶世の美貌だろうと、人一倍絵画への情熱があろうと、凡才なら門前払いしていた。

 押しつけるように強引に渡されたスケッチ画を目にしなければ。一見すると殴り描きのようなスケッチから迸る才気を感じなければ。


 私のアトリエに入ると彼女は瞬く間に数多の弟子の中で頭角を表し、二年を過ぎる頃には私との共作画も描くようになった。

 時には習作のモデルも務め、共に過ごす時間は長く濃密になっていく。男と女の関係になるのは必然だろう。


 彼女は私の最も才能ある弟子にして頼れる共同制作者、美しきミューズ、情熱的な恋人。

 それらの枠から決してはみ出そうとしなければ、少しずつ段階を踏み、私の元から羽ばたかせてあげたのに。


『私はあなたと共同制作するためだけに描いてる訳じゃない!自分の名前で成功したいの!!』


 そう啖呵を切り、彼女単独で発表した絵は私の模倣コピーだと酷評された。


『あなたのせいよ!あなたが私のセンスを盗んで奪っていくから!私が模倣したんじゃない!あなたが私を模倣してるのに!!』


 何度罵倒され、泣き喚かれても。

 抱きしめ、くちづけを落とし、シーツの波間で愛をささやけば元通り。

 私の可愛い弟子にしてミューズ、恋人の顔に戻ってくれる。

 でも、それも決して長くは続かない。

 今度は才気ある画家から女の顔が強く出てくる。


『いつになったらあの年増と別れてくれるの?私はいつまで待てばいいの?』


 常に刺激を与えてくれる彼女。

 平穏な安らぎを与えてくれる妻。

 どちらも私には必要不可欠で切り離せない。


『芸術と向き合う君なら多少なりとも理解できるだろう?』

『私はあなたとは違う。世間には一人の画家として認めさせたい。あなたからはたったひとりの女として愛されたい。私にはそれだけの価値が十二分ある』


 そう言った彼女の碧眼は初めて出会った時から十年以上経ても尚、力強く燃え盛っていた。以来、更に数年経て彼女と完全に決別した後も、あの燃え盛る強い瞳と初めて出会った日を未だに夢に見る。


 風の便りが届ける彼女の噂は聞くに耐えないものばかり。


 私への愛憎は一気に憎悪へと変貌、作品へ相次ぐ酷評。出資者パトロンからも見放され、極貧生活に陥り、ついには発狂した、と。


 私が愛した全てを失った狂女になど未練はない。会うことも二度とない。


 それでもまだ、彼女と出会った日を夢に見る。






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