だから彼は夢を見た

明太子聖人

夢の中で続く夢のように

「あの夢を見たのは、これで9回目だった」


 何気なくポツリと。学生時代に親しくなった友人が漏らした。


「あの夢って、あの夢か?」

「うん。続き物の夢だよ」

「よく回数を覚えていられるもんだな」

「覚えてなくても、子供が増えるからねー」

「ああ、最初は一人だったっけか」

「うん。今回は9人になってた」

「だから9回目なのか」

「うん」


 そう頷くと友人は、ぼんやりとした表情でカフェオレを一口飲んだ。

 子供の頃から見続けている、不思議な夢の話を彼は口にした。

 

 彼とは随分と長く付き合っていると思うが、こちらが友人と思っていても相手はそうではないような気がする。かと言って知人と位置付けるにはそこそこ付き合いのある関係だ。

 知人以上友人未満といったところだろうか?


 どこかふわふわした印象のこの友人だけれど。

 女性であれば『不思議ちゃん』とか『天然系』に属するタイプである。

 といってもよくあるドジっ子で世間知らずなのではない。雰囲気そのものが不思議で浮世離れしているのだ。まるで夢の住人であるかのように掴みどころがない。


 今回も偶然見かけて声をかけたので、お互い特に急ぎの用事はないし喫茶店で話しをすることになった。

 他の者であれば軽く挨拶を交わし、その場で別れるのであろうが。彼の場合は見つけるのが困難な生物のような感じなので、捕まえたその場で逃がさないようにしなければならない気がする。そんな存在だった。

 そもそも事前連絡を取って会おうにも、騒がしい場にはやってこない。

 断る理由も「疲れるから止めとく~」といった緩い断り文句である。それで誰も腹が立たないのだから得な性格だ。


「相変わらずその子供は踊っているのか?」

「そうだね。楽しそうだよ」

「顔がないんだっけ?」

「まるでのっぺらぼうだよ。でも笑ってる」

「顔がないのに笑っているのか?」

「雰囲気がそうなんだよ」


 顔のない子供がただ輪になって踊る夢。でも笑っているという。

 イメージするとただのホラーだ。

 でも見ている彼は特に怖くはないという。


「不思議だな」

「不思議だねー」


 お前との会話の方が不思議だぞとはあえて突っ込むまい。

 こいつはコレで頭が良いのだ。脈絡のない話をすることの方が多いけれど。

 それでもただ何となく、話がしたいなと思わせる空気がある。

 この不思議な夢の話も、そんな中でふと出てきたものだ。

 

「続き物の夢ってなんか怖くないか?」

「そうかな? 不定期連載みたいで面白いよ」

「だってまるで、『猿夢』みたいじゃないか?」


 かの有名なオカルト板での怖い話の一つである。

 それにとても酷似している気がした。


「ああ、次は活け作り~とかってやつ?」

「それそれ。お前その夢を見続けてると、死ぬんじゃないか?」

「まさか。踊っている子供を見てるだけなのに?」

「人数増えてんだろ?」

「増えてるねー」

「なんか、怖くねぇか?」

「そう?」


 人数が増えているだけ。

 ただ踊っているだけ。

 それでもオレはその夢の話を怖いと感じていた。


「巻き込まれるんじゃないぞ?」

「見てるだけだよ」


 一緒に踊るつもりはないよと、友人はふわりと笑った。


「でもお前はそうでも、巻き込まれそうじゃないか」

「え~? でも子供に混じって踊るのって、恥ずかしくない?」

「そういう問題じゃねぇよ」


 相変わらず友人の反応はどこかずれている。


 そうしてこの夢の話は一旦終わったのだが。

 明晰夢に興味があるのか、夢の中で夢と気付いたのでどうにかして空を飛びたいと思ったとか、それが上手くいかないという愚痴も出た。

 相変わらず興味のあることは、飽きるまで追求する性格のようである。

 好奇心が旺盛で、興味のあることはやたらと詳しく。無駄知識だけが増えていく友人との会話は、なんだかんだで楽しい。

 そうして他愛もない話をして、オレたちはそこで別れた。


 だが彼との会話はいつもどこかふわふわしている。

 踊る子供が増え続ける夢の話もその内の一つだ。

 とはいえ、友人がこの話をするのはオレだけらしいけれど。

 他の者には話したことがないらしく、それを聞いたオレも何故か秘密にしなければならない気がして誰にも話したことはない。特に落ちがないからだけれど。



 ふわふわした存在の友人と会話を交わしてどれだけ経ったのか。

 あれから彼は仕事を辞めて、田舎に引き籠ってしまったという話を耳にした。

 特に連絡することもなく(遊びに誘っても断られるので)、ふと思い出しては元気にしているだろうかと気に掛ける程度の関係だ。

 ただ気になるのは、彼の夢の続きがどうなったのかということだけ。


「9回目の夢か……」


 その夢の続きの話を、オレはいつか聞くことができるのだろうか?

 だがそう思った瞬間。

 何故か友人の顔がぼやけて、思い出せなくなっていた。

 まるでのっぺらぼうのように。でも笑っている事だけは判る。


「まさか……な」


 顔を思い出せなくなった友人。

 彼は本当にここにいたのだろうか。

 偶然会う時にだけ話をする知人以上友人未満の彼だから。

 このまま忘れてしまうのもおかしなことではないような気がして。



 あの日見た「一緒に踊るつもりはないよ」とふわりと笑った顔のまま。

 もしかしたら彼も、その輪の中に加わってしまったのかもしれない。

 だとすれば。

 きっと10回目の夢の続きは聞けないだろう。

 

 猿夢のような夢だけれど。

 もしかしてそれは、去る夢だったのではないか。

 

 もう、彼の顔を思い浮かべることもできないまま。

 ただ今でもふわりと笑っていることだけは確かな気がした。

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