さよならの代わりに
えもやん
第1話 またね、大好き
駅のホームに立つ彼女の姿を、僕はじっと見つめていた。夕暮れの光が薄暗い空を染め、電車の到着を知らせるアナウンスが響く。冷たい風が吹き抜ける中、彼女の髪がふわりと揺れた。その背中は小さく、どこか儚げだった。
「じゃあ、元気でね」
彼女の声は、いつものように明るかった。でも、その言葉の裏に隠された何かを感じたのは、僕の気のせいだろうか。目を逸らす彼女の視線、手元でぎゅっと握られたバッグのストラップ。普段の彼女なら、もっとしっかりと僕を見つめるはずだった。
「…ああ、そっちもな」
僕はぎこちなく笑い返した。心の中では、まだ何か言いたいことがあった。でも言葉が出てこなかった。いつもそうだ。大切な瞬間ほど、僕は口下手になる。
彼女はふっと笑った。その笑顔はいつもと変わらないように見えたけれど、どこか寂しそうだった。
「またね、大好き」
そう言った彼女は、僕の返事を待たずに踵を返し、電車へと乗り込んだ。ドアが閉まり、彼女の姿が窓越しに見える。手を振る彼女に僕も手を振り返す。けれど、何かが胸の中で引っかかる。
「またね、大好き」――その言葉が、どうしても頭から離れなかった。
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あの日から半年が経った。
彼女と過ごした日々は、今でも鮮やかに思い出せる。初めて会ったのは大学のサークル活動だった。彼女は音楽サークルのボーカルをやっていて、僕はその手伝いで機材を運ぶ役目だった。ギターを持つ彼女の姿は輝いていて、僕はその瞬間に恋に落ちた。
付き合い始めてからは、毎日が新鮮で楽しかった。彼女の好きなカフェに行ったり、映画を見たり、何でもない日常が特別に思えた。彼女はいつも明るく、笑顔を絶やさない人だった。そんな彼女が僕にとっての「日常」になった。
でも、あの別れの日、彼女の表情はどこか違っていた。
「またね、大好き」
あの言葉が、どうしても心に引っかかる。
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僕は彼女の家に向かった。別れてから一度も連絡を取っていなかったけれど、どうしても彼女に会いたかった。胸の中で燻る不安を確かめたかった。
インターホンを押すと、彼女の母親が出てきた。
「あら、久しぶりね。…ちょっと待ってて。」
そう言って家の中に戻る彼女の母親。しばらくして、一冊のノートを手に戻ってきた。
「これ、彼女から預かってたの。あなたに渡してほしいって。」
ノートを受け取った僕は、その場でページをめくった。そこには、彼女の文字で日記のようなものが書かれていた。
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「今日、病院で検査を受けた。やっぱり結果は良くなかった。先生には覚悟をしておいて欲しいと言われたけれど、まだ実感が湧かない。大好きな人にこのことをどう伝えたらいいんだろう。」
「彼に会うたびに、何も言えない自分が嫌になる。でも、彼の前では笑っていたい。最後まで、彼の大好きな私でいたい。」
「またね、大好き。そう言ったけど、本当は『さよなら』だったのかもしれない。でも、私はまた会えると信じてる。」
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ノートを読み終えた僕は、立ち尽くしていた。彼女が何も言わなかった理由が、ようやく分かった。彼女は最後まで僕を悲しませたくなかったんだ。
涙が頬を伝う。僕は空を見上げた。彼女がいつも笑顔でいてくれたこと、その笑顔が僕をどれだけ救ってくれたかを思い出す。
「またね、大好き」
その言葉の本当の意味を、僕はようやく理解した。
彼女の笑顔を胸に、僕は前を向いて歩き出した。彼女が望んだように、僕はこれからも笑顔で生きていく。きっと、いつかまた彼女に会えると信じて。
さよならの代わりに えもやん @asahi0124
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