シュウマツプランナー

かなぶん

シュウマツプランナー

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 昼休み、中庭のベンチに座る工藤くどう正治まさはるは、広げた弁当の卵焼きを箸で突きながら、陰鬱なため息をついた。

 ここのところ、週末になるとよく見る夢がある。

 やたらと質感がリアルなその夢は、正治の暗い顔から分かるように良い内容ではない。しかも、あれから一週間が経つというのに、夢の体験は今も鮮明というおまけ付き。

 他の生徒たちが高校生らしく週末の土日の予定を明るく話しているのに、どうして今日見るかも分からない夢で、こんな気持ちにならなければいけないのか。

 そんな思いからもう一度ため息をついたなら、

「ううん、その話を聞くのはこれで15回目」

「!?」

 急に声をかけられ、弾かれたように顔を上げると、隣に見覚えのない姿がある。

(……いや、あるだろ、自分。どんだけ気落ちしてんだよ)

 一瞬だけ、本当に誰か分からなかったとは言えない相手は、ここのところ昼休みを共にしている一年先輩の戸市といち治子はるこだ。

 女の先輩ということもあって、付き合っているのかと時々からかってくる奴もいるが、この先輩とはそんな関係ではない。ただ、週末に見る夢で思い悩んでいるところを、体調不良と思われて声をかけられただけだ。そして、その時うっかり夢の話をしてしまってからは、こうして昼を一緒になるようになった、という経緯でしかなかった。

(女ってこの手の話好きだよな……こっちは散々だってのに)

 なんとなく出会いを思い返して気分は盛り下がる一方だが、治子と並んで座ることには些かも抵抗がない。寧ろ、役得な気がしている。

 正直、何故昼休みに出会うまで知らなかったのだろうと不思議に思うくらい、治子の容姿は整っていた。もっと言えば、正治の好みに合致しすぎていた。

 だからこそ、こちらの夢見の悪さを知っていながら、気にした様子もなく回数を訂正してくる無邪気さに、特別不快を覚えることもなく頬を掻く。

「あー……もしかして、声に出てましたか?」

 表面上は、ただひたすらに卵焼きを突いているだけのつもりが、モノローグのような言葉を声に出していたらしい。

 改めて言えば増す恥ずかしさに顔が熱くなってくる。

 そんな正治ににっこり微笑む治子はしっかり頷いた。

「うん。9回目だったって。まあでも、15回目は盛りすぎだったかも。ごめんね」

「そ、そうですか……」

 結局聞かれたことに変わりはない。

 回数に訂正を入れられたところで、肝心なところは変わらない現実に打ちひしがれていれば、やはり気にした様子のない治子が問う。

「でも、また見ちゃったってことだよね。どんな内容だったの?」

 ぐっと近づく好奇心旺盛な黒い瞳。甘い香り。

 急な接近から更に顔が赤くなれば、さっと冷えることを続けて言われた。

「世界はどう終わったの?」


 正治が週末に見る悪夢は、いつも決まって世界の破滅そのものだった。

 隕石が振ってきたり、未知の病原菌がはびこり出したり、都度詳細は変わるものの、大まかな流れは何も変わらない。

 ――事が起こり、世界が滅ぶ途中で、ついでに正治が死ぬ。

 回避しようと頑張る人たちや希望を忘れない人たちとも、滅びを受け入れ、なんなら利用して最後の悪事に手を染めるヤツらとも、どこにも交わらず、死ぬ。

 これが物語の中なら、完全に正治の立ち位置はモブだった。

 惨劇の度合いを示すためにその他大勢と共に埋もれ死ぬ、そんな役回り。

 そして、死んだらそこで目が覚める。

 しかも最初はあまりのリアルさから、起きた後でも激痛を感じていたというのに、今では慣れてしまったのか、そこまでの不快感は残らなくなっていた。

 これもまた、リアルな反応染みていて正治の気持ちを萎えさせる。


「自殺願望でもあんのかなー」

 また今日の夜も見るのではないか。

 そんな気持ちからついそう言ってしまったなら、治子がクスクス笑った。

「こんなに嫌そうなのに?」

「それはそうですけど……こんなにも見てたら」

「じゃあ、今まで見た中でこれはマシって言うのはあった? 反対に、この終わり方だけは絶対に嫌だ、とか」

「ええ……」

 答えの分かりきっている質問をあえてするような治子の口調に、正治は少しだけ考えてみた。

 途端、これまでの質感まで正確に思い出されてしまい、すぐさま首を振る。

「どれも嫌です。全部最低も最低の底辺ライン。理想は一つもなし!」

 断言してやれば、そうでしょうともと言いたげに治子が頷く。

 正治はなんとなくホッとすると、卵焼きを突き刺して口に放った。

 これを合図に、食欲を取り戻した箸が進んでいく。

「先輩も、早く食べた方がいいっすよ。胸くそ悪い夢の話なんか忘れて」

「はいはい」

 そう言いつつも、治子はニコニコ正治の食べっぷりを見るばかり。

 程なく弁当を平らげた正治は、片付けがてら「ごちそうさまでした」と小声で一言言うと、名残惜しむこともなくベンチから立ち去っていく。

 ――まるで、ベンチには誰も座っていないというように。


「今回もダメかー」

 ベンチに一人残された彼女は、予鈴を耳にしながら空を仰ぎ見る。

 思ったより話し込んでいた生徒たちが慌ただしく去った後も、授業が始まっても変わらず、まだらに雲が漂う空を見つめる。

 そうして夜になった頃。

「さぁて、行きますか」

 ようやくベンチから立ち上がっては歩き始めた。

 壁があっても気にせず、車に動じることもなく、気づいた動物の警戒も我関せず。

 目的地はもちろん、愛しい彼の家。

 あれは一体いつのことだったか。

 一目見て抱いた好意のまま彼の好みを知りたいと、隣に座ったことがあった。

 その時、彼は言ったのだ。

「あー、死にてぇ。いっそ終わんねぇかな、世界」

 それはきっと、特に理由のない、なんとなく口にした言葉だったのだろう。

 もちろん彼女にもそれは分かっていた。

 分かっていたけれど……面白い願いだなと思ってしまったのだ。

 ならば彼が望むように世界を終わらせてあげよう。

 ちょっとした恋する乙女の親切心であった。

 まずはどういう終わり方なら良いだろうと、彼の夢に介入することにした。

 週末という彼女には関係のない日を選んだのは、平日に疲れる夢を見せるのは可哀想という思いやりから。何と言っても彼は彼女の想い人なのだから。

「ふふ……今日はちょっと悪くなさそう?」

 眠る彼の身体に重みのない身体を重ね、今はまだ少ない眉間の皺をなぞる。

 その内に顔が苦痛に歪み、跳ねる身体。

 呻きが戦慄く唇から零れるのを、うっとり見つめる。

「ああ、でも痛いみたい。やっぱり途中で終わるのって痛いのかしら? んー、痛み知らずで終わらせるのって、どうしたらいいのかなぁ?」

 脂汗で額に貼りつく前髪を撫でよけ、そこに口づける。

「っ! はっ! っ……はぁ、はぁ……」

 瞬間、飛び起きた姿を寝そべりながら見つめ、うなだれ始めたなら背中を抱く。

 自分とは何もかも違う彼が気づくことはない。

 ――気づいても、彼女がしたいようにするだけだが。

 荒い息から嗚咽へと代わる頭を撫で撫で、恋情に潤む瞳でため息一つ。

「今日のもお気に召さなかったみたい。苦しませたいわけじゃないのに、ごめんね? 私と貴方じゃ、あまりにも感覚が違うから、どうしても辛い目に合わせてしまうのよねぇ」

 彼女は心の底から申し訳なく思っていた。表情は嬉しそうであったとしても、それは大好きな彼の傍にいるせいで、どれだけ繕っても喜びの方が勝ってしまうため。

「ごめんなさい。こんなにも好きになった人だから、面白いお願いを叶えてあげたいだけなのに。待ってて。いつか必ず、貴方が納得する終わり方を見せてあげるから」

 彼女にしか理解できない誓いを立てては、震える頭を胸に抱く。

「……あ、でも、もし別の人を好きになったらその人を優先しちゃうか。その時までに見つけられなかったら、ごめんね?」

 自らの思いのままに生きる彼女は、それが彼にとっての解放とは全く考えもせず、申し訳なさそうに唇を寄せた。

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