“あ”の夢

よし ひろし

“あ”の夢

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。



 あの夢である。


 ――何の夢だって?


 だから、あの夢だよ。“あ”の夢。


 ――“あ”の夢?


 そう“あ”の夢だよ。“あ”が出てくる夢だよ。


 ――??


 詳しく教えるよ。

 まず一番最初の夢は、視界一面に大きな“あ”の文字が映っている夢だった。右を向いても左を向いて、その“あ”の文字だけが見えるという、訳の分からない夢だったよ。


 次に見たのは、小さな“あ”が視界一面に広がる夢だった。左右どころか上にも下にも“あ”だらけってやつさ。おれは中に“お”や“め”でも混じってないか目を凝らしたが、“あ”しかなかったね。


 3回目は、“あ”の行進だった。軍隊の行進の様に、“あ”が綺麗に整列して、右から左、左から右へと歩いていくんだ。その時、「あ、あ、あ、あ……」てな感じの掛け声も聞こえてきて、不思議な感じだったね。


 4回目は、“あ”の乱舞だ。虫の様に宙をブンブンと飛び回るんだ、無数の“あ”がね。これには参ったね。見ているうちに目が回ってきて気持ち悪くなり、目が覚めたよ。


 5回目は、“あ”の雨さ。天から“あ”が降ってくるんだけど、微妙に不規則なんだよね。その軌跡も、スピードも。でもその不規則さが妙に心地よくて、ずうっと眺めていたなぁ。


 6回目は、“あ”のイルミネーションさ。小さな“あ”が色とりどりに輝きながら、大きな“あ”の文字を形作っているんだ。思わずクリスマスを思い出させる光景だった。


 7回目は、回転する“あ”だ。宙に浮かぶ“あ”が、重心を軸にしてクルクル回るんだよ、まるで風車の様に。それがいくつも連なっているんだ。びゅうびゅうという音が聞こえてきそうな感じだったね。


 8回目は、爆発だ。地上から“あ”が空に上がり、それがボンと弾けるのさ。すると小さな“あ”となって周囲に飛び散るんだ。それが何度も続き、まるで打ち上げ花火を見ているようだった。


 そして、さっき見たのが9回目。今度はなんと私自身が“あ”になっていたんだ。何を言っているか分からないと思うけど、全身でそう感じたんだよ。自分は今“あ”だと。“あ”になった私は何もない空間を駆けたり、飛んだりして動き回ったよ。人の姿では出来ない動きも出来たね。

 そうして楽しんでいると、突然目の前に奴が現れたのさ。もう一人の“あ”さ。奴は敵意満々でこっちににじり寄ってきた。だからこっちも身構えたね。

 一触即発――今にもぶつかり合いそうになったところで、目が覚めたのさ。


 ふぅ~、以上が9回の“あ”の夢だ。ま、夢といっても夜見た夢じゃないんだよ。ある考え事をして、ちょっと意識が飛んだ時に見た、白昼夢みたいなものさ。


 ――白昼夢? でも、どうして?


 だからさ、考え事のせいだよ。「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」で始まる物語を書かなきゃいけなくなってさ、色々考えているうちにね。転生する話にしようか、何かの呪いにしようか、まだ見ぬ恋人の話もいいかな、なんて考えているうちに、妄想の世界に意識が囚われてね。そこで見たのがこの、“あ”の夢たちさ。


 ――そうなんだ。でも、それじゃあ、もう


 そうだね。こうして物語も書けたし。見ることはないかな、“あ”の夢は。

 うーん、ふあぁぁっ……

 安心したら、今度は本当に眠くなってきたよ。今度はゆっくり眠ろうかな……


 ZZZZZZ……


「――あ、ああああああああぁ!」



おしまい


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

“あ”の夢 よし ひろし @dai_dai_kichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ