夢と知りせば

シンカー・ワン

ナイトメアはぬか喜びの夢を見るか?

「『あの夢を見たのは、これで9回目だった。……次見て目覚められるか……』――主人はその言葉通り、翌朝冷たくなっておりました」

 十回目の夢を見て、連れてゆかれたのでしょう。と老婦人は諦念の表情で語った。


「こういう依頼があるのですが……」

 頭目リーダーとして一党パーティ単位で受けられるような依頼は無いものかと、斡旋所へと赴いていた女魔法使いねぇさんに声がかけられる。

 声の主は新任の職員。

 女性冒険者への度重なる嫌がらせハラスメントが上層部に発覚し、更迭された職員の後任。

 前任者とは違いビジネスライクな対応に徹する、いかにも役人というタイプなために、こういう風に声掛けしてくることはめずらしい。

「――内容による」

「ありがとうございます。こちらへ」 

 話を聞くと返したねぇさんに一礼し、職員は斡旋所内に設けられている応接室へと招く。

 ローテーブルを間に挟んで相対する職員とねぇさん。

「条件的にあなたの一党ならば、と思いまして」

 差し出された依頼書をねぇさんは受け取り、目を通す。 

「『神職者を含む常連枠レギュラー上位の女性だけの一党であること』……確かに」

 バロゥに常連枠上位の一党はいくつか存在する。だがほぼ男女混成で、この条件に当てはまるのは自分たちの一党だけ。

熟練枠ベテランは……」

「報奨的に無理です」

「そうね」

 熟練枠にも女性だけの一党はあるが、ベテランを動かすにはそれなりの金額が必要。この依頼の報奨額は足りていないということ。

 職員との軽いやり取りのあと、改めて依頼内容を読むねぇさん。

「……依頼をしてきたのはこの一件ですが、同地ではいくつも被害が出ているようです」

 読み終えるころ合いを見計らって職員が口を挿み、視線をねぇさんへと向ける。

 受けるか否かを急かすことのない姿勢に、『わかっているな』と評価を上げるねぇさん。

「返答は明日改めて」

「お待ちしております」

 応接室を去るねぇさんへ一礼する職員。

 あげた顔に感慨はなく、職務へと戻っていった。


「――って依頼。わたしは受けようと思ってる」

 いつもの冒険者の宿四人部屋。

 夜になり面子が揃ったところで、昼間の斡旋所でのやりとりを話すねぇさん。

「そう言われちゃ、反対できないんだな」

 こすいぞと、熱帯妖精トロピカルエルフが笑いながら言う。

「頭目が出来ると判断したのなら、自分は従うだけ」

 ねぇさんへの信頼から、忍びクノイチは是非を問わない。

「受けるとなると、私責任重大ですね」

 条件のひとつである『神職』の女僧侶尼さんが、白々しい緊張した

 三者三様の返答に、ねぇさんは嬉し気な笑みを浮かべる。

 

 翌日、依頼を受諾した一党は、そのまま依頼主の元へと向かった。

 

 バロゥから東へ三日、隣国との国境付近の荘園に、依頼主の居は構えられていた。

「御足労をかけました。まずは疲れを取ってください」

 さほど大きくはないがしっかりとした造りの館、迎えたのは品のある老婦人。

「なにぶん喪中のため、過度の歓待は出来ませんが、依頼が達せられるまでの食事と寝台は任せてくださいな」

 上流階級と思われる者から受ける、冒険者への十分すぎる待遇に面喰う一党。

 促されるまま湯あみをして旅の汚れを落とし、暖かい食事をとる。

 人心地ついたところで使用人に案内され、通されたのは派手さはないが落ち着いた調度品が飾られた応接間。

「改めまして、遠路はるばるよくおいでくださいました」

 上座のソファーから腰を上げ、老婦人が恭しく一礼する。

 四者それぞれ、で礼を返す一党。

「お越しくださった。ということは……」

「はい。依頼を完遂するためにやって参りました」

 確認するように尋ねた老婦人に対し、女魔法使いが間髪入れず答える。

 その返答に老婦人は喜色が浮かべ、言葉にならない吐息を漏らす。

「改めてご依頼の内容を確認します。御主人を死に至らしめた存在の発見と抹殺。――間違いございませんね?」

 ねぇさんの言葉に老婦人はゆっくりと、だが力強く頷くことで答えた。

 そして顔をあげ、伴侶が死へと至った過程をとつとつと語りだす。

 

 始まりはふたつきほど前。

 高齢ではあるが健康自慢の伴侶が不調を訴えだした。

 具体的にどこかが悪いわけではないが、身体が重く感じられ力が入らなくなったと言う。

 医師に診てもらったが病巣などは見つからず、年齢からくる衰えと判断された。

 神官に活力を分けてもらいもしたが、翌日には失われてしまう。

 日に日に弱っていく伴侶。いろいろと手を尽くすも改善せず。

 寝たきりになってしばらくしたある日、伴侶が語った。

『夢を……見るんだ、同じ夢を。若い時の老婦人おまえと、睦みあう夢、だ……』

 なにを恥ずかしいことを。

 そうは思いもしたが、自分の夢を見てくれているというのは嬉しいことだとも感じた。――今の自分ではないことは癪に障りはしたが。

 

 夢。と、老婦人が口にしたとき、尼さんの顔に険が浮かぶ。


朝、目覚めるたび『夢を見た』と言い、日に日に衰弱していく伴侶の姿に、病や老化以外の、なにかが関係しているのではないかと思うように。

 神殿に問い合わせてみれば、魔の中には人の夢に忍び込んで命を削るモノもいるらしいことを知る。

 そして伴侶と同じように、衰弱している土地の者たちがいることも。

 魔払いを神殿に頼んでみたが、ここの神官たちの力量では、とても敵わないと。

 何もできないまま日々が過ぎ、終わりが来ました。

 

「『あの夢を見たのは、これで9回目だった。……次見て目覚められるか……』――主人はその言葉通り、翌朝冷たくなっておりました」

 十回目の夢を見て、連れてゆかれたのでしょう。と老婦人は諦念の表情で語った。

 ひとつ長い溜息をついて、

「主人が亡くなったのと同じころ、近隣にも同じような亡くなり方をした者たちが出ています。ことはこの館だけではなく、荘園全土の問題といえましょう」

 強い口調で言い放った後、正面に座る冒険者たちを改めて見つめ、

「どうか――主人の、亡くなった者たちの無念を晴らしてください」

 ソファーから立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

 同日夜、館内の客間。

 ふわふわのカーペットに車座になり、作戦を練る一党。

「間違いなく夢魔ですね。対象が男性ばかりですから牝淫魔サッキュバスでしょう。あの寄生虫ども、どうしてくれましょう」

 侮蔑と嫌悪を露わに尼さんが吐き捨てる。

 黒いところをたまに見せるが、こうまであからさまにしているのは珍しいためか、熱帯妖精も忍びもかなり引き気味である。

「尼さん、なんか怖いぞ」

「淫魔には自分も思うところがあるが……」

 及び腰な前衛陣を横目に、ねぇさんが問う。

れる?」

る。存在自体許さない!」

 る気満々で答える尼さん。

「今も衰弱死する男衆が出てるそうですから、牝淫魔はこの土地を離れていません。寄生虫が居易そうなところを虱潰しに探して……殲滅します!」

 ランランと目を輝かせながらのたまう尼さん。

「ああいう連中が居つく場所なんて、清められていないとこか汚されてるところって決まってますから、特定は難しくはありません。夜が明けたら神殿行って、そういう場所がないかを尋ねましょう」

 聖別されていないところは神殿に聞くべしと、熱弁振るう尼さんに大きく頷き、

「方針は決まり。明日に備えて鋭意を養いましょう。就寝」

 一同を見回して頭目ねぇさんが宣言する。

 それぞれが寝床に就く。長距離移動の疲れもあってか、早く寝入る者たちの中、ひとりだけ寝付かないのが。

「フフフ……覚悟しときなさいよぉ……楽に消えさせてはあげませんからねぇ、ホホホ、ヒヒヒ、ヘヘヘ……」

 

 夜が明けて、行動に出る一党。

 尋ねた神殿が祀っていたのは大地と豊穣の神・ボゥインだったため、同じ信徒、しかも高位の神官である尼さんは情報を得やすかった。

「夫人の話で、奇跡の嘆願が叶う神官は少ないのわかっていましたけど、常駐が新人枠ルーキーの中級程度。これじゃ魔払いなんてとてもとても」

 神殿の内情を嘆きつつ尼さん。もっと精進すればとか小言をこぼしながらも、

「でも、有益な情報は得られましたよ。荘園の北外れに枯れた遺跡があるそうです。おそらくかと」

 確信の笑みを浮かべて言う。

 その言葉にうなづき、ねぇさんが号令をかけた。

「では、依頼を果たしに行こう」

 

 半日をかけ辿り着いた遺跡は、朽ちて緑に埋もれていた。

「――当たりですね。連中の気配がムンムンしてます」

 尼さんが嬉々としながら言う。

「あちこちに住みやすいようにけがした痕跡あとがありますよ。あ~きたならしい」

 夕べ見た侮蔑と嫌悪を混ぜこぜにした顔をして宣う尼さんから、ひきつった笑いを浮かべて距離を置く熱帯妖精と忍び。

「どう攻める?」

 慣れたものなのか、普段どおりの態度で問いかけるねぇさん。

「正攻法で当たる必要はないです。ああいう連中にふさわしい攻め方をしましょう」

 言うや、尼さんは首にかけた聖印を握り、天上の主神へと奇跡の嘆願を始めた。

「大地から豊かなる恵みをもたらす我が神よ、信徒が願いたてまつる。どうかこの地をあなたの光で満たしたまえ――聖域テンプルム!」

 祈りは届き、遺跡が一瞬淡く光り輝いた。

「あああああああああああああああああああ――っ」

 同時に遺跡の中から、女の甲高い悲痛な叫び声が上がる。

「やっぱり居ましたね。祝福ベネデクティオ!」

 不敵な笑みを浮かべ、尼さんは続けての奇跡を行使する。

 皆の身体が淡い光に包まれ、熱帯妖精の槍と忍びの苦無がうっすらと輝く。

「これで邪まなる者たちからの威は届きません。こちらから傷つけることができます、さぁっ」

 尼さんの言葉に忍びと熱帯妖精は目を交わしあい、「承知」とばかりに遺跡の中へと飛び込んでいく。

「わたしたちも」

 急くような尼さんの言葉に、苦笑しつつねぇさんはうなづき足を速める。

 遺跡は古代の祭殿だったのだろう。あちこちが崩れていたりはしたが、簡素な構造なため導線がわかり易く、悲鳴の主の居場所へとあっさり辿り着けた。

「いたいイタイ、くるしい、焼ける。ア、あアあ――っ」

 祭殿最奥の供物をささげる場所で、のたうち回る肉塊があった。

 聖域に囚われ、顕現した実体は、うわさに聞く美女の姿をしていなかった。

 乳房や女陰が奇妙に誇張され、様々な種族年代の女の姿へと変わり続ける肉の塊。

 流動する泥のような禍々しさに眉をひそめる前衛たち。

 

 夢魔ナイトメア

 人族などの精神に寄生し甘美で退廃的な夢を見せ、気力や体力を奪い最終的には死に至らしめる存在の総称。

 夢に現れる際は夢見主の理想や伴侶の姿を模倣する。

 雌雄があり、牡淫魔をインキュバス、牝淫魔をサッキュバスと呼ぶ。

 牡は寄生対象を眷属化して活かす傾向にあるが、牝は短期間で吸いつくし死亡させることが多い。

 精神生命体であるが現界する際は、死肉などで義体を作る。

「畜生チクショウちくしょうっ。キサマら、殺してやる。手足を引きちぎって、獣に犯させてやる。生きたまま喰わせてやる。おおお――っ」

 牙をむいた女陰から呪詛の言葉を吐く牝淫魔。膨らみ切った乳房が弾け、例えようのない臭気を放ち、尻穴らしきところが裏返り濡れた頭が出てくる。

 悪夢のような光景。だが、聖職者は動じない。

「女相手じゃ力づくしかないのに、動けないからって恫喝ですか。ヤダヤダみっともない。これだから魔の眷属は……」

 見下してあざけ煽る尼さん。

「神の下っぱしりの分際でぇぇぇぇぇ、殺すころすコロしてやるぅうぅぅぅぅ。裸にひん剥いて乳房をちぎりカントを抉ってやるからなぁぁぁぁぁぁっ」

「あ~。ハイハイ。出来もしないことを吠えるんじゃありませんて」

 聞くに堪えない罵詈雑言を喚き散らす夢魔だったが、尼さんはどこ吹く風だ。

「✖✖✖っ、〇△▢っ、――――っ」

 祭壇の上から動くことのできない夢魔だったが、罵ることを止めない。

「……なぁ、いつまで続くんだ、あれ?」

「自分に聞くな」

 延々と続く夢魔と尼さんの舌戦に、間を持てあましだした熱帯妖精のぼやきに、忍びが応じる。

「――ね、そろそろ」

 そんなふたりのやり取りに苦笑してたねぇさんが、尼さんへと呼びかける。

「あ、そうですね。充分発散出来ましたので、引導渡しますか」

 罵りあいはストレス解消だったと言い捨てた、尼さんが一歩引いたところへ夢魔が追い討つ。

「――股からザーメンの匂いプンプンさせといてぇっ、聖人面してんじゃねぇよおぉぉぉぉぉ、淫売の分際でぇぇぇぇぇぇぇっ。あぁくせぇくせぇ、何本咥え込んだらそんな匂いがするんだあぁぁ? 神のデカいのでもぶち込まれたかぁ」

 色魔ゆえの能力で感じとったのか? 尼さんの身体に刻まれた過去の傷を抉ってくる夢魔。

 投げかけられた言葉に尼さんの表情が凍る。瞬間、弾ける前衛組!

「こん、のぉ――っ」

「――貴様はもう、喋るな!」

 銀光一閃。刺突と斬撃が夢魔を襲い、波打つ肉塊をズタズタに切り裂く。

雷撃フルモ――」

 続いてねぇさんの電撃魔法が轟き、稲妻が夢魔を焼き貫いた。

 強烈な連撃。だが夢魔は肉の脈動を止めていない。

 焼け焦げた肉塊でズルズルと這い、この場からのがれることを諦めない。

 仲間たちが尼さんを見つめ促す、最後の一撃をと。

 尼さんは意を組み、朗々と神への祈りをささげる。

「大地から豊かなる恵みをもたらす我が神よ、信徒が願いたてまつる。実りに仇なすかの者を、打ち払う力をお貸しください――聖撃サンクトゥス・インペトム!」

 尼さんの嘆願に神は答え、不可視の鉄槌が振り下ろされる。

「光に、なれぇっ」

 見えないに押しつぶされながら、夢魔の肉塊が光の粒へと変わり霧散していく。 

「畜生チクショウ、売女が。呪ってやる、子々孫々まで呪い殺してやるっ。……あ、あ消える、イヤだ、消えたくないっ。あ、う、アあ――――――――っ」

 断末魔とともに牝淫魔は消滅し、夢で捕らわれた人たちの魂も解放されていった。


「ありがとうございました。これで主人も神の元へ召されたと思います」

 館の正門前に立ち、深々と礼をする老婦人。

 門前に横付けされている馬車は、帰路を楽にとの老婦人の心尽くし。

 礼を返しながら、乗り込んでいく一党。

 老婦人と館の使用人たちに見送られて、馬車は荘園を後にする。

 バロゥまで徒歩で三日の距離、帰路は馬車でゆったりしてくださいと、依頼主からの心遣い。

 数日の滞在ではあったが、それぞれに思うところはあるようで、熱帯妖精と忍びは往路での道行きや館での接待を思い返し、あーだこーだとなにやら言い合っている。

 そんな前衛たちを、風に当たりながら見つめ、穏やかに微笑むねぇさん。

 同じように風に当たりながら、外を眺めていた尼さんが小声でポツリ。

「帰ったら、慰めてもらえませんか……」

 その言葉に答えるように、ねぇさんは優しく尼さんの手にてのひらを重ねた。

 荘園を夢魔の脅威から救い、馬車で揺られなから、一党はバロゥへ帰っていく。

 

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