ゆめあめの、ゆめ。
西奈 りゆ
ゆめあめの、ゆめ。
あの夢をみたのは、これで9回目だった。
誰もいない町の中。家の中から気配はするのに、表には誰もいない。あたしだけが、下を向いて歩いている。
かなしくなって涙が出ると、どこからかカエルの唄がきこえてくる。
なくほどかなしい、そのゆめめ。ゆめあめのゆめ、まいります。
おだいがなにかは、もうしません。いずれあなたははらいます。
続けて、電線に止まっているカラスが歌い出す。
ゆめあめのゆめ、ゆめあめめ。あなたはこううん、おきゃくさま。
なみだのつぶは、あめのつぶ。あまいおあめに、かえましょう。
どちらに向けて言えばいいのか。「ください」というと、今度は道端のネコが歌い出す。
ゆめあめのゆめは、いいおあめ。だからおだいはいただきます。
あなたはこれで、9回目。おだいはじかい、10回目。
あたしは迷うことなく、こくんと頷いた。急に手のひらの中に、何かの感触がした。琥珀のように光る、夕陽色の飴がそこにあった。
※
夕焼けで明るくなった公園で、あたしはお気に入りのハーモニカを吹いている。
小さな口ではまだ上手になんて吹けなくて、調子っぱずれなぴーぴー音が、ぴかぴ
かの小さな穴から、自由気ままに飛び出していく。
オレンジ色のお日様が、とっても綺麗。あの色に染まることができたら、あの空にとけていけたら。あたしは飛んで、どこにだって行ける。行きたい場所なら、どこへでも。子どもの身体のあたしは、ずうっと昔に感じていた胸の奥の熱い気持ちに、そんな言葉を当てはめてみる。すると、それまで感じていた身体の重みが、すうっと軽くなっていく。
※
あたしが初めて「ゆめあめ」の夢を見たのは、9歳のとき。飼っていたウサギに腫瘍ができて、死んでしまった日。みんなで庭に埋めたのに、あたしは生き物の死を理解できなくて、そこだけ色の違う盛り上がった土の前に、ずうっと立っていた。
もう遅いから、戻りなさい。両親にそう言われて、連れていかれるまで、ずっと。
その夜、いろいろなことを考えた。死ぬって、何だろう。死んだら、本当に天国に行くんだろう。ピョンピョンとは、また会えるのかな。
幼いあたしは、けれど考え続けることができなくて、気がつけば眠りの世界に入っていた。
夢の中であたしは、誰もいない町を歩いていた。気がついたら、さっきまで傍にいたピョンピョンが、いなくなっている。わたしのせいだ。わたしがよそみしちゃったから、ピョンピョンいなくなっちゃったんだ。
右にも、左にも、誰もいない。今いる場所が、分からない。どこに進んだらいいのか、分からない。お父さん、お母さんに、どう知らせていいのかも分からない。
目の奥がどんどん熱くなって、大粒の涙がつぎつぎ頬を流れていく。
どこからか、犬の歌が聞こえてきた。
なくほどかなしい、そのゆめめ。ゆめあめのゆめ、まいります。
おだいがなにかは、もうしません。いずれあなたははらいます。
続けて、地面をつついていたハトたちが歌い出した。
ゆめあめのゆめ、ゆめあめめ。あなたはこううん、おきゃくさま。
なみだのつぶは、あめのつぶ。あまいおあめに、かえましょう。
不思議と、怖くはなかった。どちらかというと、心が薙いでいくようだった。
あのときも「ください」というと、手の中にいつの間にか、真っ白な飴が握られて
いた。それはまるで、ピョンピョンの白色。
頬張ると、甘い香りが口中に広がって、いつの間にか傍にピョンピョンが戻ってきていた。
「え、いつ戻ってきたの?」
尋ねても、ピョンピョンは不思議そうにこちらを見上げるばかりで、何も答えない。あたしはほっぺたを飴でふくらませながら、ぴょんぴょんを抱っこした。
おうちに帰ろ。ずっと一緒だからねって。
次の日目が覚めて、あたしはピョンピョンがどこに行ったのかを理解した。
※
誰もいない町だけど、今日は桜が咲いていた。咲いた花の間から、メジロたちが歌い出す。
きょうもみている、そのゆめめ。ゆめあめのゆめ、まいります。
おだいがなにかは、もうしません。こよいあなたははらいます。
かすかに川の流れる音がして、川を見やるとつがいのカモが歌い出す。
ゆめあめのゆめ、ゆめあめめ。あなたはこううん、おきゃくさま。
なみだのつぶは、あめのつぶ。あまいおあめに、かえましょう。
「ください」と小さく言うと、どこからか、誰かの声が歌い出す。
ゆめあめのゆめは、いいおあめ。きょうはおだいを、いただきます。
あなたはこれで、10回目。おだいはあなたの、そのなみだ。
いつの間にか頬を伝っていた涙を拭って、わたしは空に向かって左手を差しだした。その薬指には、今日贈られたばかりの指輪が光っていた。
どこからか、また声がした。
ゆめあめのゆめは、いいおあめ。きょうはさいごだ、みせじまい。
あなたのゆめは、いいおゆめ。おだいはたしかに、いただいた。
強い風が吹いて、花びらを散らす。
再び目を開けた時、あたしはあたしたちの部屋で、朝を迎えていた。
※
あたしの不思議な10回の夢。その話は、これで終わりだ。
あの夢が何だったのか、わたしはもう知ることはないだろう。
分かっているのは、悲しい人のところに、「ゆめあめや」は訪れるっていうことだけ。そして「ゆめあめ」の夢は、あなたをもう、悲しませない。
もしかしたら、次にあの歌を聞くのは、あなたかもしれないね。
ゆめあめの、ゆめ。 西奈 りゆ @mizukase_riyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます