ゆめあめの、ゆめ。

西奈 りゆ

ゆめあめの、ゆめ。

 あの夢をみたのは、これで9回目だった。

 

 誰もいない町の中。家の中から気配はするのに、表には誰もいない。あたしだけが、下を向いて歩いている。

 かなしくなって涙が出ると、どこからかカエルの唄がきこえてくる。


  なくほどかなしい、そのゆめめ。ゆめあめのゆめ、まいります。

  おだいがなにかは、もうしません。いずれあなたははらいます。


 続けて、電線に止まっているカラスが歌い出す。


  ゆめあめのゆめ、ゆめあめめ。あなたはこううん、おきゃくさま。

  なみだのつぶは、あめのつぶ。あまいおあめに、かえましょう。


 どちらに向けて言えばいいのか。「ください」というと、今度は道端のネコが歌い出す。


 ゆめあめのゆめは、いいおあめ。だからおだいはいただきます。

 あなたはこれで、9回目。おだいはじかい、10回目。


 あたしは迷うことなく、こくんと頷いた。急に手のひらの中に、何かの感触がした。琥珀のように光る、夕陽色の飴がそこにあった。



 夕焼けで明るくなった公園で、あたしはお気に入りのハーモニカを吹いている。

 小さな口ではまだ上手になんて吹けなくて、調子っぱずれなぴーぴー音が、ぴかぴ

かの小さな穴から、自由気ままに飛び出していく。


 オレンジ色のお日様が、とっても綺麗。あの色に染まることができたら、あの空にとけていけたら。あたしは飛んで、どこにだって行ける。行きたい場所なら、どこへでも。子どもの身体のあたしは、ずうっと昔に感じていた胸の奥の熱い気持ちに、そんな言葉を当てはめてみる。すると、それまで感じていた身体の重みが、すうっと軽くなっていく。



 あたしが初めて「ゆめあめ」の夢を見たのは、9歳のとき。飼っていたウサギに腫瘍ができて、死んでしまった日。みんなで庭に埋めたのに、あたしは生き物の死を理解できなくて、そこだけ色の違う盛り上がった土の前に、ずうっと立っていた。

 もう遅いから、戻りなさい。両親にそう言われて、連れていかれるまで、ずっと。


 その夜、いろいろなことを考えた。死ぬって、何だろう。死んだら、本当に天国に行くんだろう。ピョンピョンとは、また会えるのかな。

 幼いあたしは、けれど考え続けることができなくて、気がつけば眠りの世界に入っていた。


 夢の中であたしは、誰もいない町を歩いていた。気がついたら、さっきまで傍にいたピョンピョンが、いなくなっている。わたしのせいだ。わたしがよそみしちゃったから、ピョンピョンいなくなっちゃったんだ。


 右にも、左にも、誰もいない。今いる場所が、分からない。どこに進んだらいいのか、分からない。お父さん、お母さんに、どう知らせていいのかも分からない。

 目の奥がどんどん熱くなって、大粒の涙がつぎつぎ頬を流れていく。

 

 どこからか、犬の歌が聞こえてきた。


 なくほどかなしい、そのゆめめ。ゆめあめのゆめ、まいります。

 おだいがなにかは、もうしません。いずれあなたははらいます。


 続けて、地面をつついていたハトたちが歌い出した。


 ゆめあめのゆめ、ゆめあめめ。あなたはこううん、おきゃくさま。

 なみだのつぶは、あめのつぶ。あまいおあめに、かえましょう。


 不思議と、怖くはなかった。どちらかというと、心が薙いでいくようだった。

 あのときも「ください」というと、手の中にいつの間にか、真っ白な飴が握られて

いた。それはまるで、ピョンピョンの白色。

 頬張ると、甘い香りが口中に広がって、いつの間にか傍にピョンピョンが戻ってきていた。

 

「え、いつ戻ってきたの?」


 尋ねても、ピョンピョンは不思議そうにこちらを見上げるばかりで、何も答えない。あたしはほっぺたを飴でふくらませながら、ぴょんぴょんを抱っこした。

 おうちに帰ろ。ずっと一緒だからねって。


 次の日目が覚めて、あたしはピョンピョンがどこに行ったのかを理解した。



 誰もいない町だけど、今日は桜が咲いていた。咲いた花の間から、メジロたちが歌い出す。


 きょうもみている、そのゆめめ。ゆめあめのゆめ、まいります。

 おだいがなにかは、もうしません。こよいあなたははらいます。


 かすかに川の流れる音がして、川を見やるとつがいのカモが歌い出す。


 ゆめあめのゆめ、ゆめあめめ。あなたはこううん、おきゃくさま。

 なみだのつぶは、あめのつぶ。あまいおあめに、かえましょう。


 「ください」と小さく言うと、どこからか、誰かの声が歌い出す。


 

 ゆめあめのゆめは、いいおあめ。きょうはおだいを、いただきます。

 あなたはこれで、10回目。おだいはあなたの、そのなみだ。


 いつの間にか頬を伝っていた涙を拭って、わたしは空に向かって左手を差しだした。その薬指には、今日贈られたばかりの指輪が光っていた。

 どこからか、また声がした。


 ゆめあめのゆめは、いいおあめ。きょうはさいごだ、みせじまい。

 あなたのゆめは、いいおゆめ。おだいはたしかに、いただいた。


 強い風が吹いて、花びらを散らす。

 再び目を開けた時、あたしはあたしたちの部屋で、朝を迎えていた。



 あたしの不思議な10回の夢。その話は、これで終わりだ。

 あの夢が何だったのか、わたしはもう知ることはないだろう。

 分かっているのは、悲しい人のところに、「ゆめあめや」は訪れるっていうことだけ。そして「ゆめあめ」の夢は、あなたをもう、悲しませない。


 もしかしたら、次にあの歌を聞くのは、あなたかもしれないね。


 


 



 



 

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ゆめあめの、ゆめ。 西奈 りゆ @mizukase_riyu

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