ep.15

秋が過ぎ、冬が訪れ、半年なんてあっという間に過ぎていった。

朝陽は無事に保育園を卒園し、晴れて小学生となった。

子供の成長とは早いもので、あっという間に大人に近づいていく。

買ったばかりのランドセルを背負って、朝陽は小学校までの桜並木の間を歩いていた。

並木道は桜花爛漫となり、ふんわりと優しい風が花弁を揺らす。

時々、目の前に花弁がちらちらと舞っていた。

小学校の校門に向かうと、その前にはじゅなママと樹奈ちゃんが立っていた。

ちょうど校門の前で写真撮影を終えたところらしい。

じゅなママは私に気が付くと、元気よく手を振った。

私と朝陽も足早に近づく。

「入学おめでとう」

私とじゅなママはそれぞれ子供の手を引いて、校門を抜けた。

今日は、小学校の入学式である。

私もじゅなママもセレモニースーツを着て、いつも以上に身だしなみを整えていた。

「そういえば、聞いた?こうき君のお受験のこと」

じゅなママは徐にこうきママの噂話を始めた。

「何?」

「知らないの?こうき君、志望校落ちたらしいよ。どうも試験中にカンニングしたみたい。小学校のお受験ではよくあることなんだろうけど、こうき君、人の解答用紙見ることが悪いことだって、よくわかってなかったんだよ。しかも、それを他の保護者から忠告されたみたいで、かなり赤っ恥をかいたって聞いた。こうきママはお受験用の塾に通わせてるって言ってたけど、こうき君、そこでも先生の言うこと全然聞かなくて、お受験は無理だろうって言われてたらしいのよ。いつもあんなに自慢していたのに、結局習い事のほとんどは続かなかったみたいで、本当はこうき君、受験したくなかったって後から聞いた」

じゅなママはせいせいしたように話し始めた。

私だけでなく、大半のママ友がこうきママの自慢話にうんざりさせられていたようだ。

そして、じゅなママは更に興奮した面持ちで話を続ける。

「それだけじゃないの。なんか、こうき君のパパが脱税で捕まったみたいでね、確かこうきママもそこの会社の役員だったじゃない?ほら、こうきくんち、自営業だからさ。だから共働きでも、あんなに悠々自適な生活してたんだよ。それでね、近所の噂がひどくて、こうき君、この学校にも入学できなくなっちゃって、結局、こうきママと一緒に隣町に引っ越したみたい。別居も続いてるし、離婚寸前だって噂までされてる」

それとねと、今度は鞄から携帯を取り出した。

「ママ友の間で噂になってたんだけど、こうきママ、ひそかにインスタグラムやっていたみたいで、その大半が金持ち自慢。去年、こうき君ち、建て替えたじゃん。その新築の自慢とか、買ったブランドの洋服の自慢とか、去年の紅葉狩りの時みたいなグッツも散々自慢していたみたいで、大炎上!しかも、その一部が実はフリマアプリで買った中古品らしくてね、それを新品って偽ってたらしいの。おかげでブランド品の中にいくつか偽物もあったみたいで、それを匿名希望の誰かが全部暴露してくれて、ぶっちゃけ、スカッとしたわぁ。私もこうきママの自慢話には、嫌気がさしていたもの」

彼女はそう言って、大きく息をついた。

私も同意して頷く。

「本当よね。いい気味だわ」

すると、じゅなママは口を閉ざして不思議そうな顔で私を見てきた。

そして、ゆっくりと口を開く。

「へぇ、あさひママでもそういうこと言うんだ」

私はじゅなママの言っていることが分からず、首をかしげる。

「おかしい?」

「うん。だってあさひママって、いつも遠慮してるっていうか、本音とか言わないタイプだと思ってた。こうきママから散々嫉妬されても、言い返さなかったじゃん。内心はすごくむかついているんだろうなって思っていたけど、弱音も吐いてくれなかったしさ」

じゅなママが残念そうにいうので、つい謝ってしまった。

「ごめんね。信用してなかったわけじゃないんだけど、一度口にしたら止まらなくなりそうで……」

すると、じゅなママは大きく顔を振る。

「全然!あさひママ、いつも偉いなって思ってたもん。私なんて、家でも別の友達の前でも好きなだけ愚痴ってたよ。それに、一度口走るとおさまりがきかない気持ちはわかるしね。でもさ、私たち友達なんだし、つらくなったらいつでも愚痴っていいからね」

彼女の笑顔に私も頷いた。

「うん。ありがとう」

すると、じゅなママがスマホの画面を見ながら、慌てだした。

「ごめん。会場でパパ待たしているんだった。先、行くね」

彼女はそう言って、手を振りながら子供と一緒に去っていく。

その時の私はいい友達を持ったと、安堵した。

そして、私たちも入学式に急ぐ。


入学式も終えて、朝陽と手を繋ぎながら帰っていた。

朝陽は嬉しそうにスキップをしながら歩き、時々降ってくる桜の花弁を空中で掴もうとしていた。

そんな何気ない平和な日常を見つめながら、私は幸せを感じる。

あれから私のストレスとなっていた、元課長の広岡さんも、お局の御木本さんも、後輩の利内さんもいなくなり、今は新しいメンバーとうまくやっている。

小心者で何かとイライラさせられる今の課長も、最近は扱いを把握し、あまり気にならなくなってきた。

さらに言えば、厄介なママ友も私の視界からいなくなってくれた。

やっと、私にも平穏な日常がおくれるようになったと思うと、晴れやかな気持になる。

後は朝陽がこのまま、元気に健やかに成長してくれることを願うばかりだ。

「ねぇ、朝陽、今日の晩御飯は何にしようか?」

私はいつものように朝陽に尋ねる。

朝陽はあたりをきょろきょろと見渡しながら、私に尋ねた。

「ねぇ、ママ?」

私は微笑みながら、返事をする。

「どうしたの?朝陽」








「……もう一人のママはどこにいったの?」








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モンスター~もう一人の私~ 佳岡花音 @yoshioka_kanoko

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