もう1回で正夢

そうざ

It will Become a Dream Come True

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 毎日、日記を付けているので間違いない。同じ夢を10回続けて見ると正夢になる――そんな言い伝えがあったような、なかったような、どっちだろう。


 俺が何処かから意気揚々と帰って来ると、家の前に黒山の人集りが出来ている。何だ何だとそれを掻き分けると、道に人が倒れている。

 血塗ちまみれ、傷だらけ、手足があっちこっちにひん曲っていて、傍らにはぐしゃぐしゃの自転車が転がっている。

 交通事故だ、轢き逃げだ、とやけに冷静に観察する俺が居る。

 まだ息があるのかとよく見たら、女房なのだ。

 そこからはもうパニックで、何がどうしてこうなったっどうするっどうするっどうすれば良いんだっ!?

 その間に野次馬がどんどん増えて行く。ごった返してぎゅうぎゅう詰め。芋の子を洗うように血溜まりを囲んで大騒ぎ。これがほんとの血祭りだ。

 あぁどうしよっどうしよっ俺は駄目な亭主だっ役立たずだっ!!


 ――と、決まってここで目が覚める。

 何だ夢かと汗ばんだまま胸を撫で下ろすのだ。


 この夢の話は、まだ女房にはしていない。何とも縁起が悪い。無用な気掛かりを植え付ける必要もなかろう。

 しかし、後1回で通算10回。まさか本当に正夢にならんだろうな――。

 古女房と連れ添って彼此かれこれ半世紀になる。つい最近、互いの葬式はどうするか、墓はどうするかなんて話をしたばかり。嫌な予感が付き纏う。

 結局、俺は思い切って打ち明ける事にした。高が夢の話だ。一緒に笑い飛ばしてしまえば良い。話せば案外、厄落としになるかも知れない。もうあんな夢を見なくなるかも知れない。


 いやぁ、馬鹿々々しい夢を見ちゃったよ、しかも9回も連続で――。


 女房の顔色が変わった。夢の内容に青褪めるのならばまだしも、見る見る内に紅潮し始めた。

「目を覚ます前に出来る事があったんじゃないの? どうして直ぐに救急車を呼ばなかったの? どうして応急措置をしなかったの? 犯人を捜し出して仇を取るとか、保険金の手続きとか、遣れる事は幾らでもあったでしょう!? そういうとこよ。あんたって人は、機転が利かないって言うか、優柔不断って言うか――」

 もう1回だけで良い。あの同じ夢を見る事は出来ないものだろうか。

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