嗤う夜のミネルヴァ

雪村灯里

狂祭から崩れる日常

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 また彼女ミネルヴァだ。あの祭りに参加してから、僕は狂ってしまったのだろうか?

 音も無い真夜中、僕は起き上がり息を整えた。サイドボードには紙とペンと水差しが置いてある。僕は今までに見た彼女との夢を記録していた。


 ――1回目


「おめでとう、これで21回目。 あなたは私だけのヒーローね」


 これは初夏の日差しを優しく遮る木陰で僕にかけられた言葉。最高の目覚めだ。この言葉の主は通称「ミネルヴァ」。僕と同じ20代、丸めがねと美しいブラウンの長髪が特徴的な女性だ。微笑を浮かべる彼女から新たな言葉が紡がれる。


「トリあえず、あと3分以内にやらなくちゃいけないの。もう21回」


 何を? 僕達の体勢を見て察した。彼女は寝転がる僕の足元に座っている。そして僕の足をがっちりホールドしていた。


 ――これは、腹筋を鍛える体勢だ。


 すると、急に筋肉が震えだす。限界だ。僕は首を横に振った。


「また、出会いと別れを繰り返すのね?」


 彼女は悲しそうにセリフを吐いた。その刹那、僕達はバッファローの群れに襲われて目が覚めた。


 当初、荒唐無稽な夢だと思っていた。しかし彼女は幾度となく現れる。


 二番目の夢は砂浜でシチュエーションラブコメかと思ったら、刀を持った彼女と対峙する。巌流島がんりゅうじまか?


「私、二刀流なの。この刀、素敵な色。尊いでしょ? 最後の三分間だから、あなたにも見せてあげる。その後はささくれを取って? ルール無用よ」


 ちなみに、僕は至って健康だ。高熱を発していた訳ではない。夢は続く。

 

 3回目は彼女と焼き鳥屋でビールを飲み交わしていた。


「このお店、三周年記念なの。一時は閉店を考えたけど……猫の手を借りた結果、繁盛したんだって。おうち時間と推し活の後押しもあって、とんだどんでん返しね」


 4回目は、四年に一度のスポーツの祭典を『最高のお祭りね?』と走りながら楽しむ。健全か?


 5回目は箱のような部屋で、ぬいぐるみたちと一緒に読書会をしていた。真剣に読んでいた彼女が急に顔を上げ、真顔で断言する。


「私の第六感が囁くの、この夢……お笑いかコメディだって!」


 いや、笑うポイントが分からない。むしろホラーかミステリーだ。


 6回目は二人で住宅の内見をしていた。本屋も近いし、直感でこの607号室と思ったが彼女に『部屋番号がダメ、アンラッキー7なの』と言われた。……アンラッキーなら仕方ない。


 7回目は大恋愛の末……


「もう、はなさないで! 切り札はフクロウなの。このままでは拡散する種に負けてしまう! Uターンせずに88歳まで生きましょう」


 ツッコみすらもバカバカしくなった8回目。


 僕達は深夜の散歩中、スマホに『カタリさん』と書かれた番号から着信があった。着信に出ると隣に居た彼女ミネルヴァの逆鱗に触れ、頬を叩かれる。


「いいわけは聞きたくないわ! 日記にも書いてあった!ソロ活動はもううんざりなの!!」


 ……これは、一体何なんだ? ヤマもオチもイミもない。ゴールが見えない。感情がぐちゃぐちゃだ。


 ただ気になってしまうのは、これが夢という事。予知夢か深層心理の現れか。なにが原因なのだろう。


 そして、僕は先ほど見た9回目の夢を書き記す。


 僕と彼女はたちと一緒に、を楽しんでいた。なんでも彼女のだったとか。そして最後に彼女は呟いた。


「トリの降臨」と――

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嗤う夜のミネルヴァ 雪村灯里 @t_yukimura

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