愛しき日々

於田縫紀

愛しき日々

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 今の私は、見た夢のほとんどを記憶している。

 だから間違いない。


 もちろん内容も覚えている。

 香耶、当時の呼び方で三森さんとの最初のデート予定日であった4月23日の朝が舞台の、ごく短い夢だったと。


 ◇◇◇


 三森さんとは高校1年で同じクラスで、2年でも同じクラスになれた。 

 だから学校で何度も会っているし、話もしている。


 それでも彼女にとっての俺は、39人いるクラスメイトの一人。

 いや、1年の時も同じクラスだったし、39分の1よりは話す方だとは思う。


 それでももう少しだけ近い間柄になりたい。

 そう思って、当時の俺は作戦を立てた。

 三森さんが、今週から公開になっている映画を見に行きたいと話していたのを聞いて。


 映画の事を耳にした日、俺は帰宅途中に隣町の金券ショップに寄った。

 購入したのは、近くのシネコンの優待映画招待券を2枚。


 この券を親から貰ったことにして、一緒に映画に行かないかと誘ってみよう。

 三森さんは映画に誘われて来てくれる可能性が高い。

 しかし2人で行けば実質デートで、上手くいけばもっと距離が縮まるだろう。

 そんな作戦だ。


 親から貰ったことにしたのは、三森さんに金銭的に気を使わせないため。

 あと、わざわざデートの為に券を用意したという必死さを隠すためでもある。

 そういった必死さを見せない方がスマートだし、デートとしても上手くいくだろうと思っていたのだ。


 後で聞いたところによると、実はその辺、香耶にはバレバレだったらしい。

 そう聞いて思い切り赤面したのは、夢の時点から5年以上後だったりするけれど。


 ただ女子は群れている事が多い。

 そして三森さんに話を切り出すのは、集団では無く1人でいるところがいい。

 結果、三森さんに渡すのに3日かかったけれど、何とか渡して約束をとりつけて。


 そして当日の朝。

 俺はスマホから鳴った通知音で目が覚める。

 何時だろうとスマホを見ると、SNSの通知が5件入っていた。

 どれもが三森さんからで、最後の内容は『もう帰る!』。


 何だこれは、そう思いつつ俺は、起きがけのぼんやりした頭で数秒考えた。

 そうだ! 今日は映画を見に行く約束をした日だった!

 その事に気づいた俺は、慌ててスマホの時刻表示を見る。


 画面右上の時刻表示は、午前11時47分。

 三森さんとの待ち合わせは10時ちょうど、駅南口改札前だった。


 どうしようどうしよう……

 俺はとりあえず謝りの連絡を入れようとするけれ。

 しかし悪い想像ばかり頭の中に思い浮かんで、なかなか文面を打てない……


 ◇◇◇

 

 要は寝坊して、どうしようと悩むだけの夢だ。

 なお現実では、私はスマホのアラームで朝7時に起きて、予定通り待ち合わせに行った。


 だからこの夢は現実に起きた事実ではない。

 あくまでも夢だ。

 実際の私はデートの後、三森さん、つまり香耶と付き合い始めて、7年後の夏に結婚している。


 それでも『最初に上手く行かなかった』という夢を見るのは何故だろう。

 本来は起こらなかった事なのに。

 人生の7割以上を香耶と一緒に過ごせて良かった。

 そう私が思っているからだろうか。


 ただどうせなら、香耶が出てくる夢だったら良かったのにとは思う。

 たとえ怒られても、その場で縁を切られそうになっても、香耶の顔を見たかった。

 今の私は、もう夢でしか香耶に会うことが出来ないから。


 私の身体は、もう自力では動かせない。

 手を動かすところか、目も開けられない。

 五感のうち触覚というか痛覚だけ、かすかに残っている。

 その程度の状態だ。


 だから夢を見ている時間こそが、今の私にとって覚醒時間で、夢の世界こそが現実の世界なのかもしれない。

 今、この身体に閉じ込められている状態が睡眠時間で。

 

 だから私は、夢での出来事を忘れない。

 今の私にとっては、夢こそが全てだから。


 幸い身体に閉じ込められる時間は、長くは続かない。  

 夢から覚めたばかりなのに、もう眠いと感じる。

 最近は意識があまり長く続かない。

 そのことが、今はとてもありがたい。


 次の夢では、香耶に出会う事が出来るだろうか。

 そう思いつつ、私の意識は落ちていく。

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愛しき日々 於田縫紀 @otanuki

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