第3話 頼む!
受付嬢に案内され、“支部長室”と書かれたプレートが掛かった扉の前に
コンコン
「桜木冥様をお連れしました」
『……入れ』
扉の中から男性が入室を許可する。
ガチャ
受付嬢が扉を開けると、室内に見た目は四十代の男性二人が居た。
「よう。…随分と遅かったな」
「ちょっと面倒な事があったの」
ぶっきらぼうに応える冥。
「だろうな。下に居る奴らはその話で持ちきりだ。……また派手にやったみたいだな、桜木」
「石田支部長、ワタシはいつも通り探索していただけ」
「いつも通りのストレス発散の間違いだろ」
そんなやり取りをする冥と渋谷
「まあまあ
「……アナタこそ、何してるんですか? 佐々木会長」
冥はもう一人の男に抑揚は変わらないが一応ですます口調で質問する。
そして、会長と呼ばれたもう一人の男。彼こそがこの日本ギルド協会(JGA)のトップだ。
「てな訳で、
「…なぁ、厳。昔の戦友とは言え、今の俺はお前の上司だぞ」
「堅ぇことは気にするな! ここは公の場じゃねえんだからよ!」
この二人、日本ギルド協会会長の佐々木剣志郎と、渋谷迷宮支部長の石田厳は、お互い気心の知れた関係だ。
「はぁー…取り敢えず桜木さん、話がしたいから座ってくれ」
「飯田。話してる間、桜木の持ち帰った素材の換金をしてやってくれ」
「は〜い。それじゃあ冥ちゃ〜ん、素材出してくれる〜」
冥をここまで案内した受付嬢————飯田は素材を精査する為、冥に素材の提出を求める。
冥は腰に巻いているウエストポーチから布袋を出し、その中から大量の大小様々な魔石や薬草などが出てくる。
この布袋は『空間袋』や『時空間袋』と呼ばれる物だ。この違いは何かというと、『空間袋』は袋の中が亜空間になっており、見た目以上に大量に物が入れられる。『時空間袋』は『空間袋』の機能に時間停止効果が加えられており、中に入れた物の鮮度を保つ事が出来る。
そして、冥が持っている物は『時空間袋』の方だ。
「……ざっと200以上の魔石の数だな。これの殆どがオーガの魔石か」
「はい。薬草採取の帰りに遭遇したので、放置するのは危険と判断して討伐した。だからストレス発散って訳じゃない」
「聞いた話しでは、結構エグいやり方で虐殺していた様だが?」
「……まぁ、…若干あったかも…………」
冥自身も石田の言葉に完全に否定は出来ないらしい。
「それでは、精査してきますね〜。時間が掛かると思うので、その間にお話しをしていて下さい〜」
素材を受け取った飯田は退室する。
「相変わらず綺麗な子だなー。なっ? 厳」
「馬鹿野郎。確かに若く見えるが、アイツああ見えて俺らと歳あんま変わんないぞ。それに、怒らせるとかなり怖い」
「うんうん! 流石ここの副支部長だな。……狙ってるのか?」
「んなこと言ってねぇだろ!」
「いい加減お前も身を固めたらどうだ? 四十過ぎて独身って、もう出会いなんて無いに等しいぞ。職場恋愛も当人同士で上手くやれば良いし」
「余計なお世話だ!」
飯田が退室した後、下世話な話しをしだす二人。側から見れば佐々木が石田を揶揄ってる様に見えるだろう。
「あの、ささっと用件聞かせてもらえます? 下世話話しは二人っきりの時にして」
「ああ、すまんすまん。ってな訳で厳、話はここまでだ」
「後で覚えてろよ、剣志郎」
冥はふたり二人の話しをぶった切る。一応彼女も思春期の少女だ。いい歳した大人の下世話な話しなど聞きたくないだろう。
「さっそくだけど桜木さん。君はここ最近迷宮に潜ってて何か感じ無い?」
「……各階層…特に中層から下層のモンスターの活動が活発な気がします」
「やっぱりか……」
冥から聞いたその言葉に頭を抱える佐々木。
この時点で、面倒くさくなりそうだと冥は思った。
「……実は、ここ以外でも二カ所同じ様な事が起こってるんだ」
「……場所は」
「おっ! 興味ある!?」
「勘違いしないで、ただ訊いただけです」
一瞬嬉しそうな顔した佐々木だったが、冥が興味が無いと知ると若干落ち込む。
「まあ、それはいいとして」
しかし、初めから期待はしてなかった様で、直ぐに切り替えて話しの続きをする。
「場所はこの渋谷迷宮を含め、千代田迷宮と新宿迷宮の三カ所だ」
「かなり近場ですね」
「ああ。…それでだな。最新の魔素観測装置を使って調べた結果。このまま放置しているとイレギュラーが頻繁に起こり、最悪『
モンスターが迷宮から地上へと溢れ出て、無差別に人や街を襲う。探索者でも無い一般人は抵抗する事も出来ず殺されてしまい。生き残ったとしても、ストンピードの被害にあった街は復興に時間が掛かり家を失う。
「今回、どこも中層と下層のモンスターが活発になっている事から原因は深層にあると思われる」
イレギュラーは魔素濃度が以上に濃くなり、その過剰な魔素に耐えられなくなったモンスターが上層に上がる災害だ。
しかし、イレギュラーは前兆として、モンスターが大量の群れを作るや変異種が高確率で現れるなどがある。だから早期解決が出来る。
だが、スタンピードはイレギュラーが頻繁に続いた迷宮で対処が間に合わなかった場合に起こるものだ。
過去にとある国で、未発見の迷宮を放置しっぱなしでスタンピードが起こり、いくつもの街や人々が犠牲になった。
そして、今回の原因は深層にあると思われている。深層は選ばれた強者しか足を踏み入れる事が出来ない正真正銘の魔境だ。
「……で、何が言いたいんですか?」
「ここまで説明したら分かるだろ。千代田と新宿はこっちで調査するから、
「いや」
即答で応える冥。相手が日本のギルドのトップにも関わらず大胆な態度だ。
「……理由は」
「中間試験が来週に迫ってる」
実は、冥はまだ高校一年生だ。
そして、今は五月中旬になったばかり。高校生活で最初のテストがどれ程大事か分かるだろう。
理由を聞いて、普通なら無理強いさせる訳にはいかないのが普通なのだが、————
「確かに、学生の本分は勉強だ。…けど、そこをどうにか出来ねぇか……?」
————しかし、佐々木も諦めていない。だが、その声は若干弱々しくなっている。
「てか、何でワタシなの? 他にも暇な探索者を探せばいいだけじゃない」
冥の言う通り、幾ら深層が魔境とはいえ、深層に行ける探索者はそこそこ居る。だから冥が絶対行く必要は無いのだ。
「……それがー…渋谷迷宮の魔素の異常を感じた階層は74階層なんだ」
「…………」
迷宮は大きく分けて、上層、中層、下層、深層、深淵さらに確認されていないが噂では奈落もあると言う話もある。
迷宮の階層を分かると————
上層 1階層〜19階層
中層 20階層〜39階層
下層 40階層〜59階層
深層 60階層〜79階層
深淵 80階層〜
奈落 ???
————この様になる。
そして、現在の渋谷迷宮の最高到達階層は82階層である。
ここまで来たらもう分かるだろう。この記録保持者こそ冥である。つまり、冥は深淵に潜れる程の実力者となる。
「そういう訳だから、桜木さん程この渋谷迷宮を知り尽くしてる人は居ないんだ。それに、世界で唯一の深淵到達者だから余程の事がない限り大丈夫だろ。だから頼む! 空いた時間でもいいからこの調査、受けてもらえないか!?」
「いや」
佐々木が机に額を叩きつけながら頭を下げる。日本の探索者のトップにここまでされて普通なら断る者は居ないのだが、冥はテストと調査を秤にかけるなら当然テストを選ぶ。
だが、佐々木はここで切り札を出す。悪いとは思っているが、人手が無く猫の手も借りたい状況の為、最終手段に出ることにした。
「……アパートの保証人、辞めるぞ」
「(ピクッ)…………それは脅し」
冥は殺気を込めて、鋭い目つきで佐々木を睨みつけて威圧する。だが、佐々木もここで引く事は出来ない。冥から放たれる殺気で内心ビクビクしているが、佐々木はどうしても今回の調査は冥の力を借りたいのだ。
「……時間がある時だけですよ」
「それでも良い! よろしく頼む!」
そして数秒、お互い睨み合いが続き、結果冥が折れることになった。
その後は、石田を含め三人で迷宮の様子を話していると、精算し終えた飯田が来て、冥は大半をギルド登録している者が使える個人口座に振り込んで帰宅した。
—————————————————————
新作です。
この作品は昔書いたプロットを無くして、最近部屋の片付けをしたら出てきたもので、それを少し改変した作品です。
此方の作品の投稿は不定期になりますがよろしくお願いします。
そして、メインで書いてる『史上最強の錬金術師のダンジョン探索!!〜生産職だけどバカにするな!〜』もよろしくお願いします。
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