第14話 とうとう……

「はぁー……また返り血だらけ。どっかで洗おっと。……はぁー…ほんとイヤになる」


 自分のローブを見ながらブツブツと呟くが、それは自業自得だ。


「……そんな事より」


 冥は数十m離れた七人組のパーティに目を向ける。


「(…なんか…あの大楯のタンクと大剣のチビの二人、震えてる? …メイジ雛菊ヒーラーは何故かゲロってるし、…汚いわね。……双剣の子菖蒲は、…まともそうね)」


 菖蒲の好感度が冥の中で僅かだが上がった。


「はぁー」


 冥は面倒くさそうに溜め息を吐くが、仕方なく助けたパーティ——『花園』の元に向かう。


「(と、……そういえばあの子達、武器壊れてたわよね。…………この爪、全部渡したら余裕で新しい装備が買えるわよね。…あげるか)」


 冥はその辺に放り投げていた爪を全て拾い、両腕で抱えて持つ。

 そして、それを持って『花園』の所へと歩き出して、目の前まで来ると、————


 ガラガラガラッ!


 ————彼女たちの前に爪を投げ落とす。


「……アゲ…ル…」

「「「「「……………?????」」」」」


 彼女たちもいきなりの事で、何を言ってるのか理解出来なかった。


「…ブキ……カイ…ナ…」

「「「「「…………ッ!!!???」」」」」


 冥はギリギリ聞こえるくらいの低い声の声量で、「武器を買いな」と言う。

 まさか、戦利品を渡されるとは思わなかった五人は驚きだ。


「……うっ……ぅーん…………」

「……うっ! ……あれ? ……」


 すると、そのタイミングで小百合と椿が目を覚ました。


「ッ!! 小百合! 椿さん!」

「椿姉! 小百合!」

「さーちゃん! ツバキさん!」

「小百合! 椿さん! 意識はしっかり有りますか!?」

「黒川先輩! 椿さん! 大丈夫ですか!?」


 二人が目を覚ますと、五人は冥に背を向けて二人の事を心配する。

 まぁ、当然の反応なのだが、なんか自分がお邪魔虫になっている気分の冥は、そのまま置いて帰ろうかと思ったが、一応全員あまり戦える状態では無い為、取り敢えずそばにいる。


「……あれ? ……皆んな…どうしたの…?」

「……うん……あれ? ……そういえば…さっき…………zzz…」

「コラ、小百合! 起きなさい!!」


 意識が戻ったばかりで、まだ状況がよく分かってないようだ。いや、小百合はもしかしたら平常運転かもしれない。


「……そんなことより、今、どういう状況?」


 椿が自分が気を失っている間に何があったのかを訊く。


「それが…………」


 菖蒲がそっと後ろに目を向ける。


「うん? ………ッ!!??」

「……ウーン? …………うぇ!!!???」


 椿と小百合も冥の存在に気付いた。

 小百合なんて、一気に目が覚めたくらいに驚いている。


「……キガツ…イ…タ……」

「ッ!! …うそ!?」

「…ほ、ホントに喋った!!」


 どうやら、『死神は喋る』と言う噂は殆どデマとして伝わっていたらしい。だからこうして全員が驚いている。

 冥も一応は自分がどんな風に噂されているか知っている為、心の中は複雑な気分だ。

 そんな中、菖蒲は驚いておらず、自ら冥の前に出て————


「……ぁ、あ、ああ、あの!」

「……ナニ……」


「そ、その……助けてくれて、ありがとうございます!!」


 ————嚙み噛みだが、頭を下げて、感謝の言葉を掛ける。


「…………ツギハ…キオツケ…ナ……」

「……はい…(やっぱり、覚えてないんだ)」


 過去に一度助けられている菖蒲だが、冥はいちいち助けた相手の事など覚えて居ない。

 冥は半分グレているが、迷宮では命の危機が伴う為、困った時は協力する事は当たり前だと思っている。


「……コレ…アゲル……。キョウ…ハ…カエリ…ナ……」


 さっさと終わらせたい冥は話しを無理やり進める。

 三首熊の爪を10本纏めて渡してさっさとと帰って欲しいのだ。


「……あの〜…大変申し訳ないんですが」

「……ナニ…」

「この量は流石に持って帰れません。…空間袋も無いので……」

「………………………………………」(冥)

「………………………………………」(菖蒲)


 気まずい沈黙が流れる。

 菖蒲はせっかく恩人が善意でくれた素材を全部くれてるのに申し訳なさでいっぱいだ。


「……ウン」


 すると、冥は『ストレージ』で、亜空間の中からボロボロだが、一つの袋を差し出した。


「…フルイノ…ダケド……アゲ…ル……」


 それは、過去に冥が使っていた古いのだが、『空間袋』だった。


「え? あっ!? えっ!! あ、あ、ありがとう、ございます?」


 まさかの事態に戸惑っていた為、何故か疑問形になってしまった菖蒲。

 けれど、冥はそんな事は気にしない。


 ブチッ!


 だが、ここでさらにもう一つちょっとしたアクシデントが起きた。

 何かが切れる音がしたその時、冥のローブの中から一つのコンパクトサイズのベルトポーチが落ちた。


「(えっ?! あ、あれ! 今私たちの世代でもの凄く流行ってるのブランドのベルトポーチだ!? えっ、嘘?! ……って事はもしかして)」


 菖蒲が内心戸惑っている中、冥は紐が切れてしまった自分のベルトポーチを拾う。

 その時チラッとだが、菖蒲は見た。

 ローブの隙間から白く綺麗な艶のある肌に華奢な腕を、それは間違いなく女性の腕だ。


「(し、死神の正体って、………若い女性ぇいいぃぃーーーーーーーーーーー!!!!!)」


 今日一番の驚きを菖蒲はした。

 

「……………フー……コノカイノ…モンスター…ハ……マビイト…ク……ヤスンデ…カラ…カエリナ」

「…………はいぃぃ〜」


 冥はこれ以上一緒に居るのが面倒くさくなって、この場を立ち去ろうとする。それに、彼女たちが安全に帰れる様にモンスターの間引きまでする様だ。

 菖蒲は菖蒲で、もう頭の中がオーバーヒートするくらい情報が渋滞していて、空返事になってしまっている。


「……ジャア…」


 そして、そのまま冥は彼女たちの元を去る。


「(……そういえば……心からの感謝をされるなんて、何年ぶりだろ? ………けど、なんだろ? このモヤモヤが薄くなる感覚?)」


 その感情は、本来知ってて当然なのだが、今の冥はそれを忘れてしまっているのかもしれない。


 ————————


 冥が立ち去ったその後、『花園』の彼女たちは、気を失っていた椿や小百合に何があったかを詳しく話していた。


「なるほど。……そんな事が」

「…まさか…死神が……戦ってるとこ…見たかった…」

「さーちゃん、アレは見ない方が良かったと思う」

「黒川先輩、私もそう思います」


 椿と小百合は大体の事は理解出来た。

 小百合に関しては、見てみたかったとまで言い出した。


「……けど、…菖蒲から聞いてたけど……本当に喋ったね」

「いや、それよりも……死神って、探索者だったんだ……」


 雛菊と菫も死神の事に驚きっぱなしだ。


「ほんと……あの熊に襲われた時よりも驚いたよ」


 菖蒲も、以前助けられたとはいえ、今回は驚きの連続だった。


「……とりあえず、もう充分休んだし…もう戻ろうか」

「…うん。…今日はもう…帰って寝たい」

「私もよ。明日一日は大学は休むわ。…明日は丁度必須の学科は無いし。…皆んなもそうしたら」

「…さんせ〜〜〜」

「小百合、貴女はただ休みたいだけでしょ。それとこの時期に欠席は不味いわ」

「でもお姉ちゃん。…私たち、今日下手したら死んでだかもしれないんだよ。…親身ともに疲弊してるよ」

「すーちゃん、私もそう思う」

「そうだよー、菫ー」

「椿さんはいいとしても…私たち、来週からテスト期間よ」


 菫以外は明日は学校を休む事に賛成らしい。


「菫、気持ちは分かるけど、明日は休もう。先生たちも説明したら分かってくれるよ。これはリーダー命令ね」

「……分かったわ」


 菖蒲に言われて、明日は休む事にする菫。

 実際、菫が三首熊の攻撃を間近で受けていたので精神的に一番疲弊している。


「それじゃあ、みんな帰————」

「あああぁぁぁーーーーーーー!!!!」


 菖蒲が帰ろうと言おうとした時、突然蓮が叫び出す。


「どうしたの!? 蓮!!??」

「あ、あれ……………」

「え……………あっ!」


 六人は、蓮が指を差した先を見ると————


:やっと気が付いた!

:皆んな大丈夫!?

:特に菖蒲ちゃん! 本当に平気!?

:死にかけだったけど!!

:ヤバいもの見た

:おう、今戻った。なぁ、配信のモザイク処理

 してないのか?

:あっ、被害者帰って来た

:死神さん恐えぇぇ〜〜〜

:あんなの人のする事じゃ無い

:モザイク処理の設定してなかったからグロテ

 スク被害者大量発生したぞ

:あの熊出た時怖いと思ったけど、もっと怖い

 のが出たな

:死神なのに【治癒魔法】はどうなんだろう

:菖蒲ちゃんを助けたあの光はなんだ?

:まさか死神が探索者だったとは

:現在、迷宮省とJGAに電話が殺到してるも

 よう

:渋谷迷宮でも人が押し寄せてるぞ

:尚、上層部は黙秘を貫いてる

:チラッと見えたけどあの腕、どう見ても女性

 の腕だったよな

:死神の正体が女性探索者だった件

:コレ、特大ニュースだぞ!


 ————そこには、宙に浮いてる配信ドローンが有り、半透明のディスプレイモニターには大量のコメントが流れていた。


「ヤッバアアアアアアイーーーーーー!!」


 菖蒲の絶叫が響き渡る。


 そしてこの日、『死神』が女性探索者であることが、世間に周知された。

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