妖精のような【KAC20253(テーマ:妖精)】


 その姿はまるで――


「……妖精みたい」


 だった。


―――

 11月、文化祭である。僕らのクラスは、当選確率およそ2割の抽選を勝ち抜いてしまい、体育館の舞台で演劇をすることになった。

 演目は『トリの降臨』。


 舞台は、そこそこ平和な農村。

 ある日、この農村に沢山の虫が押し寄せた。農作物を食い荒されて、村人達が困っていると、どこからか大きなトリがやってきて「虫を駆除するかわりにトリの家とその世話をする娘をくれ」と取引を持ちかけた。この地方では、トリはいくら美しくとも忌避されている。トリと取引なんかしない。それがこの地方の常識だった。しかし、作物が取れずに皆が飢えるよりは……と村長はトリの言葉に頷いてしまう。トリはすぐに小トリ達を使役して虫を駆除した。しかし、トリの家こそすぐに準備したものの、村の娘達は誰も忌避すべきトリの世話をしたがらなかった。怒ったトリは小トリ達と共に村の穀物を全て持って空に舞い上がってしまった。それを見た村長の孫娘が、村人達の静止を振り切ってトリ達の世話を申し出た。誠心誠意トリに支える代わりに村に穀物を返してほしいと。トリは申し出を受け入れ、一人の美しい青年へと姿を変え村に降り立った。小トリ達が加えていた穀物をパラパラと青年と孫娘の頭上に降らせ、村人達もライスシャワーを浴びながら二人を祝福した――


 台本、僕。まさかの僕。

 ライスシャワー、片付けは大変だろうけど、紙吹雪は見映えするんじゃないかな、なんて打算も入れて書いた。

 キャストや裏方の各係はクラスメイト達が自分達で振り分けた。


 僕が一目惚れしたあの人が僕の書いた台詞で演じてくれる。それだけでも嬉しいのに。


 衣装合わせの時に見たあの人は、衣装がまばゆいほどに似合っていた。妖精だと、思った。


 妖精とは、「半身は現実に、もう半身は別の世界にいる存在」なのだという。まるでこの世のものではないかのような美しさというのは、やはり半分は別の世界のものだからではないだろうか。



 ―――


 私は、ここまで読んで顔を上げた。

 目の前には、この原稿を書いた友人のナツがいて、不安そうに私の顔色をうかがっていた。


「ど、どうかな?」


 私は疑問を一つ口にした。


「この一目惚れしたあの人って前に書いていた転入生のこと……?」


 尋ねながら以前ナツに読ませてもらった原稿を思い返す。主人公が、つややかな黒髪の転入生に一目で心を奪われる話だった。

 ナツが照れたように微笑む。

 

「えっと、うん。まあね」


 ふうんと頷き、手に持った原稿を差し出す。

 読んでくれてありがとうヒマリ、とナツは原稿をとり、帰って行った。


 ナツの背中を見送り、考える。

 ナツのあこがれの君は誰なんだろう。

 数少ない転入生の記憶をたどってもそれらしい人物は思い当たらない。ナツが書いたあの劇では、クラスメイトの半数がキャストとして衣装を身に付け舞台に立った。でも、妖精のような衣装はなかった。

 私の役の孫娘は、村の娘達と色違いの衣装で、勿論妖精らしさはない。そもそも、ナツは私と小学生からの幼馴染みだと思っているはずだ。


「本当に誰なんだろう、羨ましい……」


 ふう、と息を吐く。

 ナツの前で、私はうまく笑えていただろうか。


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妖精のような【KAC20253(テーマ:妖精)】 @ei_umise

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