冴えない後輩を庇ったら学園のマドンナから求婚されるようになった
華川とうふ
嘘からはじまるウソ
「うちには妖精がいるの」
いつものように俺が授業をサボって、第三校舎の裏でひっそりとゲームをやっているとそんな声が聞こえた。
やばっ、不思議ちゃんじゃん。
イマドキそんな女いるんだ。オモシロッ。
そんなふうに思った俺とは裏腹に、声の主の周囲の人間は苛立っていた。
「嘘つき。あんたそうやってまた天然ぶって男にチヤホヤされようとして! 中学でもミカの彼氏盗ったってみんな知ってるよ」
冷たく突き放すような言葉が投げられる。
あまりの言葉の鋭さにドキッとして、俺はこっそりと声の方を覗くと、一人の三つ編みのメガネっ娘が数人のギャルに囲まれていた。
制服のリボンの色が赤なのをみると今年の新入生だろうか。
現実じゃ、オタクに優しいギャルなんていない。
陰キャじゃなくても怯む冷たさ。
なまじ進学校のため下品ではない。
知性を含んでる分、声の冷ややかさはより辛い。
だけど、声の主は黙るどころかさっきよりもはっきりと、
「嘘つきじゃない……本当に妖精がいるの」
メガネっ娘の声は震えている。
俯いているその姿をみて俺は気の毒に思ってしまったんだ。
気がつくと、俺は昼寝用のタオルケットがわりにかけていた白衣を着て、ギャルとメガネっ娘の間に割って入っていた。
「やあやあ、悪かったね。うちの新入部員が誤解を生むようなこと言って」
俺はひらひらと手をふりながら、わざとなんとでもない顔をする。
ネクタイをちょっぴり直す仕草をするのも忘れない。グリーンのネクタイをみれば彼女たちとは違う学年、つまり彼女たちの先輩であるのが一目でわかるはずだ。
「なんなんですか?」
一応、遠慮はしているがギャルの声は冷たい。
ことの発端のメガネっ娘といえば、俯いたままだ。
俺の言うことにあわせろよと視線を送るが伝わったかもわからない。けれど、やり切るしかない。
「彼女は妖精っていうのは、これのことなんだ」
さっきちょっと学校を抜け出して買ってきたブツを彼女たちの前にみせる。
クリオネの入った小瓶だ。
近くのスーパーに入荷したとSNSで知って居ても立っても居られなくなり、授業をサボって買ってきた。
「あ、水族館でみたことあるカモ」
ギャルの一人が言った。
「そうそう、水族館とかにも展示されたりするよね。流氷の妖精とかいって。うちの生物部としてもその生態をぜひ観察したいと思ってね」
ギャルたちは、ぽかんとした顔をしている。
「うちの部には流氷の妖精がいるから、興味がある人はぜひ見に来てほしい。彼女の言葉が足りなくてすまない」
俺はそう言ってギャルたちが不思議なものをみる目をしてある間に、メガネっ娘の手を引きわが根城である生物部の部室に連れ込んだ。
ギャルから保護したというのにメガネっ娘は、下を向いたままだ。
よほど怖かったのだろう。
メガネっ娘の肩が震えてる。
まだ、怯えているのだろうか。泣かれたら困る。
俺は彼女を安心させるように話しかける、
「大丈夫かい? 一応、ここなら誰も入ってこらないから、安全だと思う」
だけれど、次の瞬間に起きたのは俺が予想もしていなかった反応だ。
「安全って、先輩もしかして私が怖がっているとおもったんですか?」
メガネっ娘はおかしそうな笑った。
そう、肩を震わせていたのは怯えていたのではない。笑いをこらえようとしていたのだ。
「えっ……」
俺が困惑していると、
「あーあ、先輩のせいで台無しですよ。不思議ちゃんのフリして不気味がられれば誰からも告白されたり、恋されるとかめんどくさいことをさけられると思ったのに」
メガネっ娘は髪を解きメガネを外す。
つややかな黒髪にパッチリとした大きな瞳の正統派、清楚系美少女が俺の前にいた。
さっきまでの弱々しい真面目そうな雰囲気が消えた。
漫画でよくある、メガネを外したら美人って言う現象が起こっていた。
「困るんですよね〜。人のこと勝手に好きになって勝手に裏切られたとか言われても。めんどくさいことを避けるために地味にして不思議ちゃんのフリしたのに……なのに妖精が本当にいるなんて」
目の前のメガネっ娘もとい美少女は、俺の手元のクリオネを覗き込む。
彼女がそっと言ったのは聞き逃さなかった。
「決めました。私、生物部に入ります」
「えっ?」
「先輩、私の計画邪魔したんだから責任取ってくださいね」
よくわからないけど、クリオネが役に立ち生物部の部員が一人増えたなら万々歳だ。
だけれど、その時の俺は知らなかった。
彼女が新入生で一番の美少女であり、翌週には俺と彼女が付き合っているという噂が学校中に流れ、俺の平和な高校生活が変わってしまうということを……。
冴えない後輩を庇ったら学園のマドンナから求婚されるようになった 華川とうふ @hayakawa5
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