第6話

 ジュリが玄関に立つ。


「今日も角を返してもらいに来たぞ!」


 そこにチロがいつもどおり声をかけて、いつもの返事を待つ。でもジュリは何も言わなくて、チロは返事をもらわないまま姿を現した。


 うつむいたジュリが、ぼそりと何か呟く。


「……そうだよね」


 不思議に思ったチロはジュリのことを覗き込んで、ハッと息をのんだ。


「返さなきゃいけないよね」


 そう言ったジュリの表情は、決心で満ちていたのだ。


 呆然と見つめるチロの前で、ジュリはランドセルから妖精の角を取り出した。


「昨日は私の命を助けてくれてありがとう。今までいっぱい遊んでくれてありがとう。もうチロからは宝物を一万トンよりたくさんもらったよ。だから、この角を返します。ワガママたくさん言ってごめんね……」


 ジュリは大事に手の平にのせた角を差し出した。その手は震えていた。


「……良いの?」


 チロの声も震える。

 ジュリはじわっと涙をにじませながら、うんと頷いた。


 途端に、チロの胸にいろんな気持ちが押し寄せる。

 でもそれを全部飲み込んで、チロはジュリの前に跪いた。

 前髪をかきあげて、見上げる。


「ジュリの手でくっつけて……」


 目を見開いたジュリは、またうんと頷いて、震える指で角をつまんだ。そしてそれを、チロの額にあてがう。

 あるべき姿となった角がピカリと輝いた。


 そっと指を離す。腕をおろす。

 終わってしまった。

 二人がそう思ったその時、儚い音がしてチロの角が再び折れた。


「えっ!?」


 慌てて角を拾ったジュリが、もう一度くっつけようとチロの額にあてがう。でも、何度やっても輝かないし、くっつかない。


「なんで!?」


 動揺するジュリから角を受け取って、チロは冷静にそれを観察した。


「……角が長く離れすぎちゃったみたい。これじゃ自然には治らない」


「そんな……私のせいだ。私がすぐに返さなかったせいで、こんなことになっちゃったんだ!」


 ジュリはわっと泣き出した。だけどチロはふわりと笑って、そんな彼女のことを「大丈夫だよ」と抱きしめた。

 そして耳元で、そっと囁く。


「ジュリ、変なこと言って良い?」


「変なこと……?」


「ジュリが死んだら、ジュリの骨をちょうだい」


「それで私のこと呪うの?」


「違うよ。ジュリの骨を宝石に変えて、角を繕うんだよ」


「繕う? それで角が治るの?」


 体を離して、チロはにっこり頷いた。


「だから、まだまだ一緒にいさせて?」


「……死ぬまで、これからもずっと一緒にいられるってこと?」


 ある意味、死んでも一緒ということ。

 でも、そのことは言葉にはしなかった。だって、ジュリの重荷にはなりたくなかったから。


 ジュリがこの先成長して、一緒に遊んでくれなくなっても良いと、チロは思った。

 もしそうなったら姿を消して、ジュリのことを近くから見守ろう。そう思った。


 だって、本当は角を繕うのも、骨じゃなくて髪の毛一本あればできるのだ。チロとジュリとの絆が、折れた角を結びつける宝石になるのだから。

 ジュリと最期まで一緒にいたいから、チロは骨がほしいと思ったのだ。



 チロが小指を差し出した。涙を拭いたジュリも、にこりと微笑んで小指を絡めた。

 二人はこの日、新しい約束をした。

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一万トンの宝物 きみどり @kimid0r1

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