第5話
いろんな公園、小学校の遊具、ときどき駐車場。
そうやって二人は石拾いを口実に出掛けては、何かと理由をつけてすぐに切り上げ、一緒に遊ぶ日々を繰り返した。
そんな中で自然とできた、二人のお約束のやり取りがある。
まず、ジュリが玄関に立つと、どこからかチロに声をかけられる。
「今日も角を返してもらいに来たぞ!」
それにジュリはこう返す。
「宝石一万トンくれたらね!」
そうするとニヤニヤ顔のチロが姿を現して、二人の時間はスタートするのだ。
「チロって自転車乗れる?」
弾む声で聞いたその日、ジュリはいつもよりワクワクしていた。
「頑張って自転車をこげば、時間はかかるけど結構大きい川に行けるんだ。川原は石でいっぱいだから、宝石に変えたい放題なんだよね。ほら、近所は行き尽くしたからさ」
チロと遠出したらどんなに楽しいだろう。昨夜この計画を思いついてから、ジュリはずっと放課後が来るのが待ち遠しかった。
ママチャリはサドルが高くて足がつかないけど、なんとか乗れないこともない。そうすればうちには自転車が二台ある。
でも、そんな期待で膨らんだ胸が、チロの答えでぽしょんと萎んだ。
「自転車に乗ったことはないなぁ」
「えーっ、じゃあ乗る練習するところからかぁ……」
ジュリはがっくり項垂れた。そこに、「だけど」とチロが続きを口にする。
「自転車のカゴに乗ることはできるかな」
瞬間、チロの額から赤い光がふき出した。それが厚く全身を覆い、みるみるうちに宙に浮く球体へと形を変える。
はらりと光がほどけると、そこには金色の毛並みを持つ生き物が浮かんでいた。
猫のような顔にイタチのような胴体、しっぽはトカゲのようで、その額では赤い光が瞬いている。
それはジュリが妖精の角を拾った日、立ち上る赤い光が見せた姿と同じだった。
「あれはチロだったんだ!」
その言葉には首を傾げつつ、チロはふわりとジュリの胸に飛び込んだ。
「これがワタシの本当の姿。さあ、これで行けるね。川岸を全部宝石に変えちゃおう!」
自転車の前カゴにフェイスタオルやお財布を入れたバッグを突っ込んで、その中にチロがするりと入って。水筒はジュリが斜めがけにして。二人は意気揚々と冒険へ出発した。
「着いた!」
その声を合図にチロがカゴから飛び出し、人間の姿になって地面に降り立つ。自転車のスタンドを立てるや否や、二人は川の土手を転げるように駆けおりた。
「ね、石でいっぱいでしょ?」
一気に川のすぐそばまで走ると、ジュリは足元の石を拾って川面に向かって投げた。石は二回跳ねてから水の中へ消えた。
チロも真似して石を投げる。ゴツゴツした石は川面に触れた瞬間、どっぷんと沈んでいった。
「アハハ! ヘタクソ!」
「うるさいな! 初めてなんだからしょうがないでしょ!」
ジュリはキョロキョロと足元を見回して、新しく拾った石を掲げてみせた。
「こういう平たい石が跳ねやすいんだよ。で、なるべく低い位置からこうやってフリスビーみたいに、投げるっ!」
そう言って放たれた石は、ピシャと音を立てて瞬く間に流れに呑まれた。
予期せぬことに、二人して無言で川面を見つめる。
やがて、チロが盛大にふき出した。
「あんなに自信満々に投げたのに! 一回も跳ねなかった! イヒヒヒ!」
腹を抱えて笑うチロに「今のは無し!」とジュリが真っ赤な顔で叫ぶ。
「説明しながらやったから手元が狂ったんだもん! 今のはチロのせい!」
「フフフ、そういうことにしといてあげる。ほら、どっちが先に向こう岸まで石を跳ねさせられるか競争しよう!」
「なんだそれ! 一回も跳ねさせたことないくせに!」
二人は顔を見合わせて大声で笑うと、競うようにして平たくて滑らかな石を探し回った。
結局、最高記録は二人とも三回で、勝負は引き分けとなった。
水切りに飽きたジュリが、靴と靴下を脱ぎ捨てる。そして、爪先でちょんと水流に触れてから、「うひゃー!」と川の中に進んでいった。
「チロもおいでよ! 面白いよ!」
爪先を少し持ち上げると、指の間を水がちゃぽちゃぽ通り抜けていって楽しかった。そのまま蹴り上げてみると、水飛沫が辺りにキラキラ飛び散る。足裏の感触も、水流に押される感じも、全部が心地よかった。
追いついたチロが、えいっとジュリに向かって水を蹴り飛ばす。ジュリも負けじと飛ばし返す。
着替えは持ってきてないから狙うのは足元だけだ。それでも楽しくて、二人はキャッキャと水をかけあい続けた。
「あっ、今魚見つけたかも!」
それを合図に、今度は魚を探し始める。
水深が浅いから、川の底がよく見えた。二人は足元に目をこらしながら、川の中をうろうろ歩き回った。
「ほら、あそこ! やっぱちっちゃい魚が泳いでる!」
そう言ってジュリが足を踏み出す。その時だった。
短い悲鳴の後にバシャンという音が響いた。
ハッとチロが顔を上げた時には、足を滑らせたジュリが下流へ押し流されていくところだった。
「ジュリッ!」
咄嗟に追いかけたチロの足がずぶずぶと沈みこんでいく。少し岸から離れただけで、川は急に深くなっていた。流れも速い。
必死で足を動かしても、思うように進むことができない。ジュリとの距離はどんどん離れていく。
このままでは見失う。
チロは大きく息を吸い込むと、ジュリの流れていった方に向けて勢いよく噴き出した。それは赤い炎になって、じゅぅと音をたてながら川を一直線に裂いた。
チロの体が炉のように赤く輝き、川が内側から乱反射する。
まばゆい光の中でついに、チロの炎がジュリに届いた。
赤い光に包まれて、ジュリは無事、岸へと運ばれた。
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