または妖精を助けた話(後)

 突然昔好きだった女の子がヘルス嬢として出てきたことで、俺の頭は真っ白になった。


「あれお兄さん、こういうお店初めて?」

「あ、ああ……」


 初めてではないけれど、こういうのは初めてだ。向こうは俺のことを認識していないのかキャラ作りなのか、ぐいぐい迫ってくる。


「わあ、もう元気になってるね! うふふ、じゃあ早速始めようか!」

「お、お願いします……」


 あっという間に俺のパンツは畳まれて、ユカ、もといめぐみに大事な部分が握られることになった。結局一度も話をせずに小学校を卒業して別の中学に行って、それからどうなったのかわからなかった恵ちゃん。まさかこんなところで再会するなんて思っていなかったよ。


「こ、この仕事は初めて長いんですか?」


 我ながら変な話題の提供だ。手際の良さからそれはないと思ったが、実は俺が初めての客だと言ってもらいたかった。


「長い、かなあ!? 夜の仕事自体は高校卒業してからずっとやってるから、長いと言えば長いね!」

「ど、どんなお仕事を?」

「キャバに始まって、基本キャバで、あと、聞きたい?」

「いえ……」


 正直なところ、少し聞きたいと思ってしまった。俺の知らないところで彼女がどんな男に弄ばれていたのかを知れたら、この一度再燃してしまった想いを消せるような気がした。


「でもねえ、キャバのほうが私はキツかったな。他のキャストから露骨に嫌がらせとかあったし、男も金払えば何でもしていいみたいなカス客多かったよ。その点こういうお店の方が楽!」


 俺はユカの話を聞きながら、恵の美しい思い出に浸っていた。隣のクラスで、何となく大人しいなって感じの可愛い子だった。


「だからいっぱいサービスしちゃうから、いっぱい気持ちよくなっていってね!」


 直接の面識はなかったけど、学年で整列するときに大体俺の隣くらいに来ていたので、それで覚えていた。初めて女の子って可愛いなって意識したのは、恵だったんだ。


「すごいやる気だね! どんなエッチなこと考えてたの?」


 俺の中の恵は、小学生になっていた。白いカーディガンに水色のカチューシャが似合う、そしてちょっとおっぱいの大きいどこにでもいる可愛い女の子だったんだ、恵は。


「あ、また硬くなったあ! 好きな女の子とかいたの?」


 お前だよ。


 俺の中の白くて柔らかい思い出が、一気に引き裂かれた。曖昧に「ああ」とか「まあね」とか俺が返事をしていく中で、俺自身は恵によって弄ばれていく。


 俺は心の中にいる小学生の俺に今の状況を報告する。なあ、お前はこの先死にたくてたまらないくらい落ち込むこともあるだろう。だけどな、とりあえず恵にちんこ舐めてもらうくらいのいいことはあるから精一杯生きろ。未来の俺から言えるのはそれくらいだ。


 それがいいことなのかどうかは、小学生の俺は知っても知らなくてもいいことだ。今の俺は……正直わからない。だけど、ひとつだけ言えることがあった。


 多分俺は、未来永劫こいつが他の男のものをしゃぶってるところを想像して生きていくんだろうなってことだ。


 結局その日は2回も出して「元気だねえ」って恵に言ってもらった。危なく「恵ちゃん」と声を掛けそうになったけれど、彼女にとって俺は金の出るちんこその1でいい。俺の素性を明かしたら、多分彼女はこの店を辞めるだろう。そうしたらきっと、俺に責任を取れって迫るかもしれない。そんな先が見えない罠みたいな真似はしたくない。俺はそのまま何も言わず、店を出た。


 こうして俺の苦い初恋は幕を閉じた。あまりにも苦すぎる初恋だった。帰ってきて実家を漁ると、小学校の卒業アルバムが見つかった。そこに写っている恵は俺の知っている、白くて素敵な女の子だった。きっとあの子は人違いだ。俺は恵の部分だけスマホのカメラで撮影して、アルバムを棚に戻した。そして少しだけ泣いた。


***


 翌日、予定通り同窓会に顔を出すと懐かしい仲間に囲まれて、俺は少しだけ恵のことを忘れることが出来た。高橋と仁井田と再会した俺はそれなりに上手い酒を飲むことが出来た。


「そう言えばさ、空き地で変なおっさん拾ったことあったじゃないか」

「そんなことあったか?」

「なんか、願いを叶えるとかどうとか」


 その時、俺はようやく昨日の出来事に合点がいった。目が泳いだ俺の様子を知ってか知らずか、高橋が続ける。


「この前宝くじを買ったら10万円当たってさ。ラッキーって思ったんだけどそう言えば昔『10万円ください』ってお願いしたことあったなあって」

「そうそう、それで俺もこの前懸賞でハワイ旅行が当たって家族でハワイに行ったんだ。まさか願いが叶うのがこんなに遅いとはな」

「それがわかってればもっとスケールがデカいことを願ったんだけどな!」


 そう言って二人は笑った。10万円、ハワイ旅行。そして俺は……。


「なあ、お前恵ちゃんと付き合えたのか?」


 俺は昨日の店と同じく、曖昧な笑顔を浮かべることしかできなかった。


 確かに俺は昨日、恵と恋愛したかもしれない。でも、あれは「たまたま店で出会った男女が瞬間的に恋に落ちて恋愛行動に発展した結果の行為」であって、俺はああいう展開を望んだわけではない。でもキャバ嬢になった恵と全うに恋愛をしていたら、きっと今の俺はないだろうと思う。


 ああ、俺も現金とか旅行とか無難なものを願っておくべきだった。いきなり妖精に願いごとを言えと言われても、女なんか望んじゃいけないんだなあ。


〈了〉


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初恋は叶わない 秋犬 @Anoni

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ