初恋は叶わない

秋犬

または妖精を助けた話(前)

 今にも雨が降り出しそうな道を、俺と高橋たかはし仁井田にいだは走っていた。サッカーの練習の帰りに、斉藤さいとうから買ってもらったばかりのプレステ3の自慢を聞いていたらすっかり空が暗くなったので、急いで家に帰っているところだった。


「やべーよ、雷鳴ってんじゃん」

「ひと雨来るな」


 ごろごろと近づいてくる雷雨の気配から逃れるように俺たちは走った。もうすぐ住宅地を抜ければ交差点があって、そこで二人と俺は別れることになっている。後は信号が赤になっていないことを祈るだけだ。既にぽつりぽつりと道路に雨粒が落ちてきているのが見える。


 その時、急に高橋が立ち止まった。


「何だよ、あれ」

「おい、拾い物してる場合か!」


 高橋は住宅地の中にある整地されていない空き地へ入っていった。雑草が生い茂る中に、何か奇妙なものが落ちるのを高橋は見たという。


「確かこの辺に……」

「おーい、助けておくれ~!」


 急に聞こえてきた間延びしたような声に、俺たちは顔を見合わせた。誰もふざけてはいないことを確認して、先ほどの奇妙な声の主を俺たちは探すことにした。


「ここ、ここじゃ。ここじゃよお!」


 雑草をかき分けると、まるで漫画のように頭から地面にすっぽり人間の形の足が生えていた。俺たちが足を地面から足を引っこ抜くと、そいつは小さなおっさんだった。大きさは電気ポットくらいで、明らかに普通の人間には思えない。しかもピエロみたいな変な服を着ていて、明らかに不細工なおっさんは服の泥を落としながら立ち上がる。


「おお、助かったぞ子供たち。礼を言おう」


 俺たちが唖然としていると、小さいおっさんは偉そうに話し始めた。


「私は始祖の大妖精。願い事があれば言うがいい」


 その時、ぴしゃんと空が光った。まずい、雨が本格的に降ってくるぞ。


「えっと……金が欲しい。10万円くらい」

「そうだな……旅行に行きたいな。グアムとかハワイとか」

「俺は隣のクラスのめぐみちゃんと付き合いたい!」


 何だか現実的な願いの高橋と仁井田と違って、俺の願いだけ妙に浮かれていた。何だか恥ずかしい。


「そうか、その願いしかと叶えよう。ただし……」


 その時、ざあっと雨が降ってきた。もうおっさんに構っている暇はない。俺たちは「じゃあな!」とおっさんを置いて交差点へと走り出した。俺が家に着く頃には、すっかりびしょ濡れになってしまった。あのおっさんのせいだ。


 後日、俺たちはあのおっさんを引っこ抜いた場所へ行ってみたがその痕跡は跡形もなくなっていた。ただ俺は二人から「恵ちゃんと付き合いたいとか生意気だぞ」とさんざんからかわれることになった。


 それから二人とも中学を卒業してから疎遠になって、俺は変なおっさんを助けたことも自分がサッカーに夢中だったことも忘れてしまった。俺がただのおっさんになってしまったのだ。


***


 その夏は中学の同窓会があるということで、俺は地元に戻っていた。久しぶりに戻った故郷は懐かしく、どこかよそよそしかった。


「同窓会は明日なんでしょう、どこ行くの」

「別に」


 実家にいても面白くないので、俺は街を散策することにした。仕事の都合で三日休みが取れたので前日から三日間律儀に帰省に当てたのだが、退屈で仕方がない。高校を卒業して家を出てからあまり戻っていない地元は、変わったところと変わっていないところがあった。


 例えばよく遊びに行った駄菓子屋はコンビニになっていて、地元のスーパーはいつの間にか全国チェーンの綺麗なショッピングセンターになっていた。この辺りでは珍しいチェーン店のカフェに少なくなった高校生が入り浸り、やたらと綺麗なご当地アイドルで町おこし、みたいなポスターがもの悲しい。


 プレステ3を買った斉藤は小学校の間に引っ越してもう誰とも連絡が取れないし、俺の好きだった恵ちゃんも今は何をしているかよくわからない。辛うじて高橋と仁井田は今も元気にしていることがわかって、俺は安心した。しかも仁井田はもう結婚していて、三歳になる娘がいるそうだ。


 俺もいよいよ大人にならなければいけないんだなと思いながら歩いていると、子供の頃は絶対近寄らないようないかがわしい場所にやってきた。俺ももう大人だし、暇だしせっかくだから記念に抜いてもらおうかと「リラクゼーション」を名乗る店に入ってスリーサイズだけで俺は女の子を指名した。


 そしてやはり看板より割り引かれた顔の女が出てきて、俺は度肝を抜かれた。


「こんにちは~ユカでーす!」


 ユカと名乗ってはいたが、間違いなくその子は隣のクラスの恵ちゃんだった。

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