第11話


 どああああ~~~~~っとライル・ガードナーが隠しもしない大きな欠伸をした。


 それでさえ今は、神聖な特別捜査官の正装ともいえるフル装備を身に纏った、使命感に燃えるアイザック・ネレスにとってはムカつく出来事だったのに、対面に立つシザ・ファルネジアまでもがふわぁ、と小さく欠伸を零したことで、先輩の怒りは頂点に達した。


「だあああああっ! なんなのお前ら揃いも揃ってそのやる気のない感じ! 俺ぁそーいうの嫌いだっていつもいつも言ってんだろ!」


「ん? あ~悪ィ悪ィ。俺一時間前まで家で爆睡してたから」

「けっ、てめー優雅だなぁ、オイ!」

 ゴス! とアイザックがライルの背を蹴っている。

「全然優雅じゃないよォ。もう昨日、別れた元カノとヤりまくってヤりまくって……とーぶんあいつとヤらないでいいくらいヤったもんだから」

「曲がりなりにも特別捜査官が別れた元カノとやるんじゃねえよ! 百歩譲ってそこは本命だ!」

「あ~、悪いけど、俺セックスは男と女のスポーツだと思ってっから。そんな一人一穴とかいう古い感じパス。俺にとってセックスってもっとライトで陽気なスポーツだから、そんな辛気臭い価値観に当てはめないでくれる~?

 スポーツとペットとセックスは俺の中では最高の娯楽だから。

 そうだよねシザ大先生?」


「……なんで僕に振るんですか」


 シザは迷惑そうに顔を顰める。

「先生も昨日は最高の夜だったでしょ? 誰のおかげ?」

「ふざけないでくださいよ。ありがとうございますとか言うと思いましたか? 貴方が余計なことしたおかげで、連絡着くまで向こうのホテルはユラが消えたって大騒ぎになってたんですからね」

「ん? なんだユラこっち戻って来たのか?」

 事情が分かっていないアイザックは、首をかしげている。

「戻らされたんですよ、こいつのせいで」

 ゴス! と今度はシザがライルの背を蹴る。

「またそんなプンプンしちゃって……でも俺は分かってるぜ! 照れ隠しだろ、ソレ。照れくさくて素直にありがとうって言えない気持ちよーく分かるぜ。だからいいよいいよ! これは一つ貸しにしとくから」

「なにが貸しですか! 僕は怒ってるんですよ! あんたの部屋の爬虫類、どの面下げてまだ眠ってるユラの足の裏ペロペロ舐めてんですか! そんな僕だって舐めたことのない所を!」

「僕だって舐めたことない所をって……シザさんお前なに言っちゃってんの?」

「仕方ないじゃん。お腹減ってたんだよ。あんたらが朝までヤリまくってちゃんと朝ご飯あげないからよ。噛みつかないだけ優しいでしょ~?」

「ユラに免じてケージに押し込むだけにしてやりましたけど、ユラがいなかったらあそこの窓から投げ捨ててましたよ。二度とああいうことしないでください!」

「二度としないで下さいとか言われても動物ですからねえ」

 ライルがへらっと笑った。

「――まぁそんなにカリカリしないでよ。先生すげーユラちゃんに愛されてんじゃん。愛されてる男ってのは小さいことにカリカリ怒っちゃダメだよ。もっとどっしり構えてないとさ」

「うるさいな」

「お前らいつバイクに乗るつもり?」

 アイザックが半眼でやり合う二人を見ている。

「シザ、お前偏頭痛治ったのか?」

「頭痛は治りましたよ」

 シザが首をほぐすような仕草をしてから、バイクに跨る。

「おっさん、シザのあれ、偏頭痛じゃねえから」

「あ?」

「あれ単なる充電切れ。だよねぇ」

 怪訝な顔でシザは振り返った。


「充電?」


 昨夜何度かユラと繰り返したその言葉が耳に残り、見遣るとライルが含んだ表情でニヤニヤとしている。

 一瞬間を置いて、シザはハッとした。


「……貴方、まさか……! 信じられない……撮っていたんですね⁉ 最悪ですよ!」

「いや~だって兄弟でヤるってホントにいいのかなぁって気になっちゃって」

「大きなお世話ですよ! 別に兄弟だからって入れる穴もやり方も特別変わりませんよ!」

「シザさん、頼むから……おまえ曲がりなりにも王子様キャラで通ってんだから……入れる穴とか言わないでくれる……?」

 アイザックが額を押さえている。

「撮ってたメモリ、今すぐ僕に提出してください。直ちにこの手で潰しますから」

「ん~勿体無いから全部見てからね。俺も眠かったからまだ全部見れてねーのよ」

「ライル!」

 シザがライルの首をぐぎぎぎぎと締めている。

「お前ら今から内偵終了した犯罪組織のアジト襲撃に行くって分かってる? その緊張感、今から出せる? 大丈夫?」

「ライル、今日帰宅したらすぐにメモリを渡さないと、ほんと貴方の家に火をつけますよ」

「安心してよ。全部見たらちゃんと消去しとくし」

「見るなって言ってんですよ。あと貴方のことは二度と信じない! メモリを渡してください!」

「そんな照れなくてもいいじゃんか。俺なんか全然他人に自分のセックスとか見られてもへーきよ? むしろオルトロス時代なんか忙しすぎてタクシーの中でヤッたことあるわ」

「別に照れてないしあんたのそんな話どうでもいいんですよ。

 僕だってユラ以外の人間が僕をどう見ようと全く興味ありませんしね。

 僕が嫌がってるのはあんたにユラを見られることが嫌なんです!」

「いや~相棒が愛されてるの分かって安心したわ~~~。ほら俺がユラちゃんの立場だったら絶対外で浮気すっからさ。国一歩も出れねえ彼氏とかいらねーし。だから心配してたんだよね。あんた本当は全然愛されてねえんじゃねえかなってさ。だからそこんところ気になって撮ってみたの。良かったよー。すっげぇ愛されてるじゃんあんた」

「そうですよ。僕はとても愛されてますよ」

「シザさんと一緒にいきたいですとか言っちゃってたとこは可愛かったわ~~。ああいうこともちゃんと言ってくれる子なんだねえ。でもちょっとやっぱ大先生愛撫がしつこいわ。あと気持ちいいかどうかをそんな聞くないちいち。見たら分かんだろどう考えても。そんなあんまやたら焦らすんじゃねえ」



「ライル!! メモリーカードじゃなくて貴方を粉砕しますよ!!」



「お前ら今すぐその破廉恥な言い合いやめねーと、温和なおじさんの右手がさすがに火を噴くからな。氷能力だけど。あと十秒以内に黙って口閉じてピシッとしろ。これは先輩からの命令だ」

 どああああ~~~~っとライルがもう一度、大口で欠伸をした。

「んでもあんたってやっぱり律儀よね。シーツとか捨ててくれればいいのにベッドまで捨てて昼にはもう新しいの注文して届いてるんだもん。仕事早いねぇ」

「当たり前でしょう。何を言ってるんですか。僕だって自分のベッドであんたがやったと思えばそんなとこで二度と寝たくないですよ」

「そお? 俺結構風紀乱れてた地域で警官やってたから、そーいう感覚麻痺しちゃって。

 先輩がやった後の同じ車でカーセックスとかしてたしさぁ。

 綺麗に片付けてくれれば全然平気~。

 でもまぁ、折角だからありがたく新品フカフカのベッドで今夜は寝るわ。ありがとね」

「そんな挨拶で誤魔化されませんよ。あんたのとこまでメモリ取りに行きますから」

「お前ら十秒ってちゃんと数えたことある? 十秒ってそんな長くないと思うよ。あんまりにも十秒の長さ、買いかぶってない?」

「えー? そんなことしてていいのォ? ユラちゃん、明日また帰っちゃうんでしょ? 今夜も出来るだけイチャイチャしたいくせにさぁ」

「……。そうか……。それもそうですね」

「シザああああああ! しっかりしろ! お前がもうそんなだと! おれ、もうお前らの面倒見切れない! そこのオルトロス出身の不良を更生させるだけでも重労働なのに、お前にまで道徳教育の時間割けないんですけど!」

「分かりました。明日ユラを空港に送ったら、僕が貴方の所にメモリを取りに行きますから用意しておいてください」

「俺が空港に持ってってあげるよ。俺もユラちゃん、見送ってあげたいしさぁ」

「絶対来ないで下さい! 来たら殺しますよ! 僕はユラと静かに、素敵な感じで別れたいんです! ゆっくりキスもしたいし……いいか絶対来るな!」

「充電完了するとやっぱあんた全然違うね~覇気戻って来たじゃん!」 


 あっはっは! とライルが大笑いしている。


 アイザックはがっくりと肩を下ろした。


「……ああああ……もう誰かこいつら黙らせる能力持ったやついねえかああああああ!」

「なに叫んでるんですか先輩。行きますよ! 今日は僕は残業無しで意地でも帰りますので! あんたもモタモタしないでください! 家で可愛いひとが待ってますので!」


 ブオン! とエンジンが音を立てた。


「あとユラが【アポクリファ・リーグ】家で見てるはずなので、あなたも足引っ張らないでくださいよ。今日の目標はスピーディーにカッコ良く、なおかつエレガントにです!」


「おっけー エレガント! しゅっぱーつ!」


「なにがエレガントだ!」


 喚いているアイザックを置いて、シザはアクセルを回して、今日も変わらず街へと走り出して行った。




【終】



 

 

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