それはお伽話のような

錦木

それはお伽話のような

 母は妖精と呼ばれた人だった。

 若い頃から踊り子をしていて白く細い手脚に小さい顔、舞う姿は人間離れした美しさだと誰からも称賛されていた。


 裕福な父と出会い間もなく母は結婚と同時に引退した。

 そして私を孕った。

 産まれてきた私を見て母は一目で違和感を覚えたという。私は父にも母にも似ていなかったからである。 

 母は美しく玉のような女の子を望んでいたというが、成長するごとに母の理想との差は開いていった。

 小柄ながらスラリとした母とは違い私は日に日に大きくなっていった。そんな私を見てお前は本当は私の子ではないんじゃないかと言ったことさえある。

 母はずいぶん難産で産後しばらく私と引き離されていたらしい。その間に別の子と取り替えられたのではないかと。

 そんなわけがないと他の人がどんなに否定しても母は耳を貸さなかった。


 私は内向的に育った。

 母の罵倒する声が聞こえないふりをして。

 父の哀れみの目を見ないようにして。

 父は母に服従していた。まるで女王と僕のように。一家の長は父であるが家に王として君臨しているのは母だった。

 私は部屋で本を読んで、なるべく静かに過ごした。

 母は外国人の血が入っていて、海外に親戚がいる。ときどき従兄弟のクリスが遊びに来た。

 他人に甘えることが苦手な私はいつも無愛想に接してしまっていたが、クリスはそんなことを気にせずいつも陽気に話しかけてくれた。

 そうして静かに部屋で本を読んでいることが多い私のために本を贈ってくれた。

 クリスが持って来てくれる本は外国のお伽話が多かった。

 それを読んでいる間だけ私は私の境遇を忘れていられた。


 チェンジリング。

 取り替え子。

 そんな言葉を私は読んだ物語の中で知った。

 悪い妖精が産まれて間もない人間の子を自分の醜い子と入れ替えていくという話だった。

 母は私を醜いと言って忌み嫌っている。

 私は妖精の子どもなのだろうか。

 母と血が繋がっているのか子どもにはほとんど知る術はない。

 クリスはいつも優しく私はたしかに母の子だと、私のことを美しいと言ってくれた。

 クリスが本当の兄だったらよかったのにと何度思ったことだろう。


 クリスマスがやって来た。

 過去の栄光とはいえ芸人として生きてきた母の元にはいつも豪華な客人が訪れる。父の仕事関係の客も来るがその倍以上だ。

 母は私を表に出したがらず私はいつも病いがちなことにされて、パーティーの間も部屋に閉じこもっていた。


 その年は違うことが起きた。

 パーティーを抜け出してクリスが私の元へやって来たのだ。

 おいで、と言って私を外に連れ出した。

 クリスと私は家の屋上に出た。

 私の家は森で囲まれた丘の上に建っている。

 屋上に登ると丘の下にある街が見渡せる。

 クリスマスに輝く街の灯りは眩しすぎて私は少し涙が滲んでしまった。

 クリスは優しく私の名前を呼んで言った。

 望むならこの家を出ようと。

 いっしょに外国に行って暮らせばいいと。

 夢のようだ。

 そんなだったらどんなにいいだろうと思った。

 でも、しょせん夢は夢だ。

 私は、母の手から逃れることは出来ない。

 気がつくと私の腕を握っていたクリスの手を振り払っていた。

 クリスは驚いた顔をして屋上の桟を乗り越えた。


 ああ、この家の屋上の桟はなんでこんなに低いんだろう。

 答えは簡単だ。

 普段は用事がなくて誰も上らないから。

 砂袋が落ちるような重い音がして何事だと沢山の人が雪原に出てくる。

 クリスが赤い雪の中にうつ伏せに倒れている。

 母が寒空を切り裂くような叫び声を上げた。


 違う。

 悪い妖精がやったのだ。

 そう父が優しく言った。

 そうだ。

 悪い妖精のせいでクリスは死んだのだ。

 クリスは最後まで優しかった。

 妖精は私から父母だけでなく、クリスまでを奪ったのだ。

 だから、私は今から復讐をしようと思う。

 マッチを擦って家に火をつけた。

 妖精は家に居つくものだと言われている。

 だから、私を縛りつけていた家ごと燃やすことにした。父と母も今頃は仲良く眠りについているだろう。

 私は家の奥にある湖に入った。

 凍りつきそうに冷たいがかまわない。

 水の奥底には別の世界があるという。

 さあ入れ替わろう。

 私の世界を喜んで差し出すから、どうか真逆の世界を私に。


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それはお伽話のような 錦木 @book2017

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