第2話 受験生の悩み
「そこまで。解答用紙を前の人に渡してください」
「ふぅ~」
受験生の
「以上で模擬試験は終了です。一ヶ月後に結果を発表しますのでそのデータを基に自分に合った志望校を……」
翔太は試験官の説明を退屈そうに聞く。
(自分に合った志望校……ね……)
「ただいま」
「おかえり」
翔太が帰宅し、母親が出迎える。
「模試の手応えは?」
「……8割は超えていると思う」
「思うじゃダメよ。いい?あなたは彗星医療大学の医学部に行きたいんでしょ?」
「分かってる……」
「あそこの大学に行くには8割越えは絶対よ。いい?」
「うん……」
「分かったらさっさと部屋に行きなさい」
そう指示すると母親がキッチンで料理を再開する。
翔太は部屋に戻り、ドアを閉めた。
(別に医者になりたいわけじゃないのに……)
翔太の家は代々医療一家だ。医者、看護師、臨床工学技士……進路が医療関係の仕事であることはこの家に生まれてからすでに決められている。
姉と兄も医療系の大学に進学し、医者や看護師になっている。
(皆は選択肢がいくつかあるのに僕の選択肢は一つしかないんだ……)
翔太はテキストを開き、勉強を始めた。
♪(スマホの着信音)
「はっ!」
翔太が目を覚ます。
「もしもし」
『もしもし翔太?元気にしてる?』
電話の相手は姉の
「元気だよ。姉さんも元気?」
『元気だよ。仕事は大変だけど』
「そっか……」
『翔太……大丈夫?お父さんとお母さんから進路強要されていない?』
「大丈夫だよ。医者を目指して頑張るから」
『嫌だったら私のところに来てくれていいからね?』
「ありがとう姉さん。姉さんも仕事頑張ってね」
あれから少し会話をして電話を切った。
(父さんと母さんが期待してくれているんだ。頑張らないと……)
一ヶ月後。模試の結果が届いた。
(さて、俺の結果は……)
点数は8割越え。彗星医療大学もA判定だ。
「父さん!8割超えたよ」
父親が模試の結果を見る。
「おい。8割で何を喜んでいる」
「え?」
「この程度の問題で8割しか取れないとは……何喜んでいるんだ?」
「でも……ちゃんとA判定だし……」
「だからなんだ?模試のトップ10にもなれていないじゃないか。はぁ~……同僚になんて言えばいいんだ……」
「なんでそんなこと言うの?……僕のことを期待しているんだよね?」
「……期待?そんなことして何になる?父親が医者、母親が看護師。その時点で子供が医療関係に就くのは当たり前だろ」
「え……」
翔太は呆然とする。
「僕は……父さんが期待していると思って……頑張ったんだよ?」
「私に期待してほしいなら彗星医療大学を首席で入学しろ。できなければお前に期待することは一切ないと思え」
「……!」
「突っ立ってないでさっさと部屋に戻って勉強しろ。いいな?」
「はい……」
翔太はショックを受けつつ、部屋に戻った。
翌日。翔太はもうすぐ始まる期末試験に向けて、喫茶店で勉強していた。
(期末試験は何としても点を取らないと……受験を受けられるかがこの試験で決まる!)
翔太がノートを書いていると、テーブルにココアが置かれる。
(えっ?)
翔太が顔を上げると、マスターが立っていた。
「あの……頼んでいませんよ?」
「これは私からのサービスでございます。勉強を頑張っておられるご様子でしたから」
「ありがとうございます……」
翔太はココアを飲む。
(甘い……けどこの甘さが勉強の疲れを癒してくれる気がする……)
翔太がカップを置く。
「美味しいです」
「お口に合ったようで何よりです。もうすぐ期末試験なのですか?」
「はい。この期末試験で大学を受験できるかが決まるので」
「受験生でしたか。それは大変ですね」
「でも医者になるために頑張らないと……」
「……」
マスターは翔太の顔をじっと見つめる。
「……?どうかしましたか?」
「あなたは本当に医者を目指しておられるのですか?」
「そうですけど……」
「それは失礼いたしました。てっきり医者を目指しておられるのではなく、目指さないといけなくて必死になっているのかと思いまして」
「!!!」
翔太は心を見透かされたことに戸惑い、思わずペンの動きを止める。
「違います……僕は本当に……」
「……続きは奥で話しませんか?」
「奥……?」
「ここは喫茶店だけではなく、相談所としても営業しているんですよ。由梨ちゃん。個室を開けてくれるかい?」
「かしこまりました!」
由梨が個室のカギを開ける。
「こちらへどうぞ」
「は、はい……」
マスターについていき、個室に入る。
「ではあなたのお悩みを聞かせていただけますか。
マスターは翔太から聞いた内容をノートにまとめた。
「なるほど……親の命令でそうなっていると……」
「はい……」
翔太はマスターが入れたハーブティーを飲みながら答える。
「ではあなたが将来やりたいことは何ですか?」
「やりたいこと?」
「大学で学びたいこと、将来就きたい仕事など何かありますか?」
「……わからないんです。僕が小さい頃から父に『お前は医者になるべき人間だ。それ以外の道は許さない』と言われて……やってみたいことがあっても反対されて……」
「そうですか……」
「このまま医者になるしか方法はないのでしょうか?」
翔太は諦めた表情で、下を向く。
「お聞きしますが、大学に進学するのは誰ですか?」
「……?僕ですけど……」
「そうですよね。つまり、他の人が口を出す権利はない。例えそれが親であっても」
マスターは立ち上がり、翔太のティーカップを取ると、ハーブティーのおかわりを入れる。
「どれだけ口を出しても最終決定権はあなたが持っています。それは誰も変えることができない」
「でもそんなことしたら……親に何を言われるか……」
「親の役目は子の成長を見守ることだと私は思います。その子にとっていい教育、環境を与えることが求められている。あなたはこの二つを与えられましたか?」
「教育……環境……」
翔太は幼少期を思い出す。
テストが満点でなければ、部屋に閉じこめられ、復習させられたり、塾の補習を受けさせられていた。
習い事に興味があったけど、父親に反対された。
「……ありません」
「ならはっきりと言いますが、その人たちは親ではありません。他人と思っていいでしょう」
マスターが翔太にハーブティーを渡す。
「自分が思っていることをありのまま打ち明けてください」
夜。遅い時間帯に父親が帰ってきた。
「おかえりなさい。あなた」
「飯はできてるか?」
「その前に翔太が話したいことがあるって……」
「……」
父親がリビングに向かうと、翔太が座っていた。
「話ってなんだ?手短にしろ」
「じゃあ早速言うけど、僕は医者にならない」
「……何?」
父親が翔太を睨みつける。
「お前……自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「分かってるよ。分かっているから言っている」
「そんなこと言って……お前は山本家の歴史に傷をつけるつもりか!」
怒号が家に響き、母親がビクッとする。
「……傷なら既についてるじゃん」
「なんだと?」
「父さんがこの家に傷をつけてるのがまだ分からないの?」
「……!貴様!」
父親が殴りかかろうとするが、母親がそれを静止する。
「あなた!ダメよ!」
「うるさい!俺を止めるな!」
母親を突き飛ばし、翔太の胸ぐらを掴む。
「そんなこと言って……学費はどうするんだよ?」
「奨学金を使う。どうせ金出してくれないだろうし」
「……!」
家に拳が炸裂する音が響いた。
数日後、翔太は喫茶店にやってきた。
「いらっしゃいませ山本さん」
「こんにちわ」
「おや?顔を怪我されたのですか?」
「父に自分の思いを言ったら殴られちゃいました」
翔太はガーゼが貼られた頬を撫でる。
「なんと!大丈夫ですか?」
「えぇ。軽いので気にしないでください」
「それで……お悩みは解決できましたか?」
「はい。進路だけじゃなく、家の問題も解決しました」
―――殴られたあの日、母親が警察に通報し、父親は逮捕された。
その結果、当然ながら病院を解雇されることになった。
「ごめんね翔太。今まであなたに無理させてしまって……」
「気にしないで。母さんも大変だったんだから。それに脅されていて、離婚をしたくてもできなかったんでしょ?」
「……気づいてたのね」
「ばあちゃんから聞いたことがあるんだ。父さんと母さんはお見合いで結婚したけどそこに愛はなかった。
母さんは父さんの為に家庭を支えることと医療業界で活躍する子供を産むことを求められたって。貧乏だったからその話を断ることもできなかったって」
「……そうね。優子は看護師になったけど、翔太が医者になりたくないのは分かってた。それをあの人に言っても殴られる。離婚しようとしても、私一人じゃ二人を養うことはできなかった……」
母親は涙を流しながら思いを打ち明ける。
「ごめんなさい翔太……」
「大丈夫。大丈夫だから」
翔太は母親を暖かく抱きしめた。
―――「お母さんを許すことにしたんですか?」
「母さんが父さんに逆らえないことは知っていたんです。夜中にいつも、父さんに怒られるのを何度も見ましたから」
「お母さんが誰かに相談していれば今の状況になっていませんでしたよ?」
「いいんです。こうして全てが終わったんですから」
「……そうですか。優しいですね」
「マスター。ココアとパンケーキお願いします」
「かしこまりました。こちらの席へどうぞ」
マスターは翔太を席に案内した。
「どうですか?進路の方は」
「姉さんが住んでいるところから近い、大学に進学することにしました。卒業したら母さんと一緒に姉さんの家に住むことになって」
「やりたいことが見つかったのですか?」
「高校の授業で物理が好きだったので、物理学を学びたいなと思って」
「そうですか。頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
翔太が店を出ると、由梨がマスターに話しかけた。
「翔太君よかったですね」
「そうだね。これからもやりたいことができるといいね」
「ところでマスターはいつから心理士になりたいって思ったのですか?」
「いつだったかな……昔のことすぎて忘れてしまったな」
「あっ!次のお客様が来ましたよ!」
カランコロンとベルが鳴り、客が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
マスターは笑顔で挨拶した。
ホッとする喫茶店へようこそ 鵲三笠 @mikasa0214
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