ホワイトデーのお返しは……

梅竹松

第1話 妖精さんにホワイトデーのお返しを

 2月14日。バレンタインデー。

 中学一年生の僕はこの日、生まれて初めて女の子からチョコをもらった。


 母親以外の人からチョコをもらえたことは素直に嬉しい。

 しかもかなりの美少女に人気ひとけのない校舎裏で本命としか思えないハート型の箱をこっそりと渡されたのだ。


 たいていの男子なら思わず踊りだしてしまいそうになるくらい嬉しいシチュエーションだろう。


 でも、チョコをくれたのは一度も姿を見たことのない女子生徒だったので、すぐには喜べなかった。

 

 僕と同じ中学校の制服を着用してはいるのだが、僕は彼女のことをまったく知らない。

 名前も知らなければ、顔を見かけた記憶すらないのだ。

 おそらく別のクラスか別の学年の女子生徒だろう。

 全校生徒の顔と名前を把握しているわけではないので、クラスや学年が違うなら知らない生徒がいても不思議ではない。


 でも彼女は僕のことを知っていたらしい。

 下校しようとしていた僕に突然「一緒に校舎裏まで来てほしい」と声をかけてきたのだ。

 そして、そんな彼女についていく形で校舎裏に移動し、そこでバレンタインチョコを渡されたのである。


 どうせ今年も母親からしかもらえないと諦めていた僕にとっては完全に想定外のバレンタインチョコだった。

 今までチョコなんてもらったためしがないため嬉しいと感じるより先に、「どうしてこんな可愛い子が僕みたいな冴えない男子にチョコを渡すのだろう」という疑問が浮かんできてしまう。

 そもそも彼女がいつ僕のことを知ったのかも謎だ。


 どうしても気になったため、僕はチョコを受け取る前にそのあたりのことを彼女に訊いてみることにした。


 すると、彼女は衝撃の事実を口にした。

 まず自分は人間ではなく妖精であり、魔法で人間の姿に変身していると明かしたのだ。


 もちろんそんな返答をすぐに信じられるわけがない。

 最初は何かの冗談だと本気で思い込んでいた。


 だけど、彼女は僕の前で躊躇うことなく変身を解除してしまった。

 

 その結果、僕の前に手のひらサイズの小さくて可愛らしい妖精が現れることになる。


 美しい羽をはばたかせて宙に浮かぶ女の子の妖精。

 その可憐な姿を見たら、さすがに信じざるをえない。

 彼女の正体は本当に妖精だったようだ。

 人間の女の子に変身し、うちの中学校の生徒になりきるなんてすごいとしか言えない。

 見事な変身能力と言えるだろう。

 とりあえず彼女の発言が本当だということは理解できたのだった。


 だけど、新たな疑問が生まれてしまう。

 なぜ人間の女の子に変身してまでチョコレートを渡してきたのかという疑問だ。

 そのことについて訊ねてみると、これまた予想外の答えが返ってきた。


 彼女が言うには、僕が美化委員で毎日のように学校の花壇の手入れをしているから感謝の気持ちを込めてバレンタインにチョコレートを贈りたくなったらしい。


 当然すぐに理解することはできなかった。


 確かに僕は美化委員で毎日花壇に植えられている花の世話をしているし、夏休みや冬休みも時々学校に来ては手入れをしていた。

 ガーデニングが趣味の母親の影響で、僕自身も植物の世話が好きだったからだ。


 だけど、そのこととバレンタインチョコがどうしても結びつかない。

 そもそも僕が花壇の手入れをしようが、目の前にいる妖精には無関係だろう。


 ……そう思っていたのだが、どうやら無関係ではなさそうだった。

 彼女は学校の花壇でひっそりと暮らしているらしいのだ。


 そのあたりの話を詳しく訊いてみることにする。


 すると、意外な事実を知ることができた。


 彼女の話によると、もともと草花には人間には感知できない魔力のような不思議な力が宿っており、妖精はその魔力を吸収して生きているらしい。

 そして美しい植物ほど魔力が大きく、逆に枯れていたり萎れている植物には魔力が宿っていないようだ。

 そのため妖精は美しい草花の咲く花壇や花畑で暮らすことが多く、彼女はきれいな花の咲いているこの学校の花壇を住処にしているようだった。


 ここまで聞いて、僕はようやく彼女が人間の女の子に変身してまでバレンタインに感謝の気持ちを伝えたかった理由を理解した。

 きっと毎日花の手入れをして花壇を美しく保ってくれていることに対してお礼が言いたかったのだろう。

 美化委員は他にもいるが、僕以外の生徒はそこまで植物に興味がないらしく、真面目に手入れしようとはしない。中には平気でサボる生徒も存在する。

 だからそういう生徒の分も僕が頑張るしかなく、現在学校の花壇はほとんど僕一人で手入れしている状態だった。

 

 ……とはいえ、僕は好きで植物の世話をしているので感謝されても正直困ってしまう。


 でも、せっかく用意してくれたチョコレートを受け取らないわけにもいかない。


 僕はありがたく受け取り、そのまま彼女と別れ、帰宅してからゆっくりと味わうことにしたのだった。


 ちなみに、このハート型のチョコレートは彼女が妖精の力で完成させた唯一無二のチョコレートらしい。

 ある意味手作りチョコだ。

 可愛い妖精の女の子が僕のために一生懸命作ってくれたのかと思うと、嬉しさや喜びの気持ちが込み上げてくる。


 もちろん味も絶品だった。ほどよい甘さとなめらかさが特徴的な極上のチョコレートで、いくつでも食べられそうなほどだ。

 今まで食べた中で最もおいしいチョコレートと言っても過言ではない。

 きっとこの味は人間には作れないだろう。

 僕はその夜、初めて母親以外の人からもらったチョコレートをゆっくりと時間をかけて味わった。




 それからちょうど一ヶ月後の3月14日。

 今日はホワイトデーなので、僕は彼女にバレンタインチョコのお返しをしたいと考えていた。


 ホワイトデーのお返しと言えば、クッキーやマシュマロが定番だろう。キャンディやホワイトチョコなどもアリかもしれない。


 だけど、彼女は妖精なので人間の食べ物は食べられないと言っていた。

 そのためお菓子を贈るわけにはいかない。


 だから、僕は今まで以上に花壇の手入れを頑張ることにした。

 雑草を抜き、肥料や水を与え、毛虫やカミキリムシなどの害虫を発見したら取り除く。

 そうして花壇に美しい花が咲けば、彼女もより多くの魔力を吸収できるため、結果的にお返しにつながると思ったのだ。


 もちろん明日以降も手は抜かないつもりだ。

 これまでは植物の世話が好きでやっていたが、今は彼女にきれいな花壇で過ごしてもらいたいという気持ちが大きい。

 彼女が笑顔でいてくれれば、僕も嬉しいのだ。


 もうすぐ春休みが始まる。

 来年度にはクラス分けが発表され、また新しく委員会を決めることになるだろう。


 当然僕は来年度も美化委員に立候補しようと思っている。

 そうすれば、また一年間花壇の手入れをすることができるからだ。


 花壇をさらに美しくすれば彼女は喜んでくれるに違いない。

 そう思うとやる気が湧いてくる。


 美しい花壇で幸せそうに過ごす彼女のことを想像しながら、僕は花の世話をするのだった。


 


 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホワイトデーのお返しは…… 梅竹松 @78152387

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ