第11話 マドンナ 

 学校法人天ヶ崎学園高等学校に入学してから一週間が経とうとしている、今日この頃。学校でマドンナについての話題が盛んになっていた。


 「うちのクラスのマドンナは明菜だな」

 「何を言っているの? もっと可愛い子いるじゃん」


 伸司の目には僕しか映っていない。ゾッコンだと言いたいのか。まったく、恥ずかしいにも程がある。


 「もっと可愛い子って誰だよ」

 「アリサさんだよ」

 「アリサさんか……。確かに可愛いけど、なんか怖いんだよな」

 

 アリサさんが怖い?

 ライバル視されているから、そう考えるのは当たり前か。けど、アリサさんは確かに可愛い。もう、マドンナとかそんなレベル抜きで。


 「伸司は僕をマドンナに仕立てたいの?」

 「いや、そんなことはしないぞ。ただ自分の彼女を自慢したいだけだ」

 「ふ~ん……、自慢したいんだ。けど、やめてね」


 伸司が肩を落とした。

 何でそこでがっかりする。まさか、本気でマドンナだと主張したかったのか。僕のことを。


 「自慢したいのは分かるけど、僕が人気者になったら伸司が困るよ」

 「俺が困る? 何で?」

 「僕がモテモテになると伸司怒るじゃん」

 

 伸司が『あ~なるほど!』と言いたげな表情を浮かべた。

 自分のことがやっと分かったか。だから、僕は目立たず静かに生きたいんだ。


 「確かに明菜がモテると俺は不機嫌になる。でも、そうなるのは分かっているよな?」

 「僕が好きだからでしょ」

 「そうだよ。そうなんだよ。明菜は分かっていらっしゃる」


 この野郎。男子バスケットボール部の次期エースと言われるようになってモテモテのくせに、また僕を口実にして女子達の告白を断っているのは知っているんだぞ。そのせいで軽く嫌がらせされたこともあるし、本当に分かってもらいたい。自分だけじゃなく僕のことも。


 「伸司、浮気したらどうなるか分かっているよね?」

 「浮気? 俺はしないが?」

 

 即答された。

 自信満々な姿、ちょっとムカつく。けど、許す。


 「僕だって伸司の為に自分磨きを頑張っているんだから」

 「お前、それ以上に輝いてどうするんだ。他の男子に見られるだろうが」

 「そう? もしかして、嫉妬している?」


 伸司が無言で頷いた。

 そうなんだ。嫉妬しているんだ。


 「ごめん。調子に乗り過ぎた」

 「明菜、話の続きは昼休みにしよう。授業が始まる」

 「もうそんな時間? 教えてくれてありがとう」


 僕は話すのをやめて、授業を受ける準備をした。




                    *




 ――昼休み。

 僕と伸司は初めて食堂に足を運んだ。


 「へえ~、結構広いんだね」

 「明菜、食券早く買おうぜ」

 

 券売機に生徒達が並んでいる。

 急いで買わないと昼休み時間がなくなる。よし、並ぼう。


 「おい、見ろよ。あの子、可愛くね?」

 「マジでまぶいな。彼氏いるのかな?」 

 「彼氏は前の奴。付き合っているらしいぞ」


 何処かの知らない生徒が僕と伸司のことで会話している。なんかチャラチャラしている奴らだな。この学校の不良か?


 「明菜、耳を傾けるな」

 「分かっているよ」


 日替わり定食の食券をゲットした。よし、キッチンカウンターの前に移動しよう。


 「すみません。日替わりをひとつ」

 「日替わりひとつね。ちょっと待ってね。すぐに用意するから」


 食堂のおばさん、かなり愛想が良い。好印象だ。


 「はい、お待たせ。ゆっくり食べてね」

 「ありがとう御座います」


 伸司と空いている席に移動した。

 どんどん生徒がやってくる。これは早めに食べて退席した方が良いな。


 「明菜、食べよう」

 「うん。では、頂きます」

 「頂きます」


 アリサさんは今頃お弁当を食べているのかな。誘ってあげようと思ったけど、お弁当を持参していたから遠慮してしまった。今度聞いてみよう。


 「このアジフライ美味しい!」

 「確かに美味しいな。揚げ方が上手いのかな?」

 「そうかもしれないね」


 食事に集中したらあっという間に平らげてしまった。

 ここの日替わり馬鹿にできないな。おかずは美味しいし、ご飯とお味噌汁だってイケる。ついでに沢庵も最高に美味しい。明日から毎日通おうかな。


 「明菜、明日も食堂行くか?」

 「うん、行こう」


 教室に戻ったら、アリサさんを誘ってみよう。


 「ご馳走様でした」

 「明菜、食べるの早いな。ちょっと待っていてくれ」

 「ゆっくり食べていいよ。僕は伸司を眺めているから」


 照れてる。可愛い奴め。


 「ご馳走様でした。よし、教室に戻ろうぜ」

 「うん!」


 立ち上がって返却口に向かい、食器をトレイごと返した。

 さて、教室に戻ってアリサさんとお話しよう。

 

 「よう、秋山。お疲れさん」

 「お疲れ様です。梶原先輩」


 伸司が見知らぬ男子に挨拶した。誰だ?


 「おや? 可愛い子連れているな。彼女か?」

 「はい。俺の彼女です」


 なんか紹介されたんだけど。まあいいか。挨拶しよう。


 「こんにちは。お疲れ様です」

 「お疲れ様。今から教室に戻るところか?」

 「はい」

 「そうか。秋山をよろしく頼むぞ」

 

 よろしくされた。メンタル面でフォローしろってことかな。まあいいけど。


 「では、僕達はこれで」

 「うん、またな」


 伸司が溜息を吐いた。何故に?


 「伸司、今の人は?」

 「男子バスケ部のキャプテンだよ。あ~、緊張した」

 

 男子バスケ部のキャプテンか。顔を覚えておこう。


 「さて、教室に戻って仮眠とろうかな」

 「僕は戻ったらアリサさんとお話するから、伸司はゆっくり休んでいて」

 「うん、そうする」


 ここ最近、放課後はひとりだ。伸司が部活に入ったから遊ぶ機会が減った。でも、伸司の頑張っている姿を見守りたい。

 

 今の僕は寂しがっているのかな。なんだか切ない。

 

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美少女になった僕の非日常~桜並木の下で~ 七瀬いすず @nanaseisuzu

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