願いを一つだけ

小石原淳

みんながシアワセになるには

 四月一日になった瞬間、ぱちっと目が覚めた。普段ぐっすり寝ている時間なのに。

 宮本花江みやもとはなえは小学四年生。自分だけの部屋をもらってまだ一年目。常夜灯が枕元を照らしているが、薄暗くてちょっと怖い。スイッチに手を伸ばし、明るくした。

 すると目の前、約一メートル離れた空中に手のひらサイズの妖精らしきものが現れた。

「え?」

 声を上げようとするも、何故か出ない。

「驚かせちゃってごめん」

 妖精がしゃべった。どうやら男性で、アニメ系イケメンボイスだった。髪は色が緑のショート、羽はほぼ透明であるかないか分からないくらい。スマートな体型で、人間サイズにすれば格好よさそう。

「声を抑えさせてもらってるよ。花江ちゃんにプレゼントを持って来たんだ。これから僕の話を聞いてもらいたいんけど、大人しくしててくれる?」

 うんうんと頷く。 その途端に声が戻ったと分かる。

「あの、妖精さん」

「僕のこと? 妖精じゃなくて魔法使いなんだけど」

「えっ。どう見ても妖精っぽい」

「魔法で、動き回りやすい格好になったんだ」

「ふうん。じゃあ、魔法使いさん。お名前は何て言うんですか」

「シープ」

「じゃあ、シープさん。シープさんはどうして私の名前を知っているの?」

「僕ら魔法使いは百年に一度くらいの割合で、人間の願いを一つ、叶えることにしてるんだ」

「百年?」

「そう。百年に一人だけ、くじ引きでね。今回、花江ちゃんが選ばれたのでこうしてやって来た訳」

「ほんと?」

「信じられないかもしれないけれども、ほんとだよ。あんまり疑うと、帰っちゃうから」

 いたずらっぽく笑うシープ。花江は「疑ってないよ」と左右に首を振った。

「ただ、わざわざエイプリルフールに来るのって紛らわしくないですか?」

「そうか。全然意識してなかった。だいたい百年に一度だからね。前はいつだったか……それよりも願い事に関して守るべき条件を言うよ。一つ目は、『無限に願いが叶うようにしてください』なんて願いは聞けない。無限以外、二つとか三つとかでも、増やすのはとにかくだめ」

 それはそうよね、いくらでも願いを叶えなきゃいけなくなったら、きりがないもの――納得した花江。

「二つ目は、死んだ生物を生き返らせるのも無理。世の中がぐちゃぐちゃに混乱するから」

 そっか、亡くなったおじいちゃんにまた会うのは無理なんだ――花江は少しがっかりした。

「最後に三つ目。この世にまだ存在していない物を出すのもNG。難しい言葉でいうと、今の時点で人間が実現・認識できていないものは全て無理」

「たとえば?」

「タイムマシンを作ってとか、リーマン予想を解決してとか」

「リーマン?」

「あ、分からないか。じゃ、全然違う例で……宇宙人を連れてきてとか、どんな病気でも治す薬を作ってとかも叶えられないんだ」

「何となく分かりました」

「よかった。さあ、花江ちゃん。願いは何?」

「急に言われても……」

 欲しい物はあるけど、もったいない気がする。じゃあ、お金持ちにしてもらう? でもバレエが上手になりたいし、犬が怖くて苦手なのを克服したいな。それと、海翔かいと君と仲よくなりたい、できれば恋人に……。お金で解決できないことの多さにため息が出る。

「ゆっくり考えてよ。制限時間は今日いっぱいだから、今日の夜十一時五十分頃にまた来ようか」

「うん。お願いします。忘れないで」

 妖精の姿をした魔法使いはチェシャ猫のようにじわっと姿を消した。


 花江がベッドで起きて待っていると、約束した時間にシープは再び現れた。

「決まった?」

「うん。色々迷ったけど、これが一番かなって」

「とりあえず言ってみて」

「世界中の人それぞれが一番に願っていることを叶えてください。これが私のお願いです」

「……それでいいの?」

「だめ? 私一人がたくさん願いを叶えてもらうのは禁止だけど、これならいいと思ったの」

「だめじゃない。でも自分のために使わないの?」

「自分でも一番の願いが分からないから。それに今言った願い方なら、私自身一番に願っていることも、叶えてもらえるんじゃないんですか」

「花江ちゃんも世界中の人間の一人だから、もちろん叶える。では最終確認だ。本当にいいんだね? はいと答えたら願い事が確定するよ」

「はい」

「よし、受け付けた。日付が明日になったら、順番に叶えていく。同じ願いもあるだろうから、多い順番に叶えることになるかな。でも花江ちゃんは今回選ばれた人類代表だから、最優先にするよ」

「ありがとう。楽しみ」


 日付が日本時間の四月二日になった。その途端、花江は海翔と恋人同士になったという実感を得た。春休み中にデートに行くのだ。

「シープさん、ありがとう」

 心の中でお礼を述べた花江。今はとりあえず、朝までぐっすり眠る。きっと、最高の目覚めが待っているとわくわくしながら。




 朝起きて彼女は驚くだろう。無事に起きられるかどうかも怪しい。

 小学四年生には、まだ想像が付かなかったのだ。世界にどれほどの憎しみや嫉妬、悪意が溢れているかを。


 願わくば人類が滅亡を迎えぬことを。

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願いを一つだけ 小石原淳 @koIshiara-Jun

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