渋川伊香保


見上げると星空だった。暗いはずの夜の空が嘘のように明るい。

ああ、こんなに輝いていたのか。それに気づかなかったのか。

「牡丹くん」

低く呼ぶ声に振り向く。

「ああ、導火さん。見てくださいよ、あの空」

「そうたな」

と導火さんは見もせずに言う。星の明かりに背を向けて、暗がりに蹲ってごそごそと何かをしている。

「見ないんですか。ほら、あんなにも……」

「君はそんなにお喋りだったか」

こちらを振り返りもしない。

しばらくそうやって何かをしていたが、やがて立ち上がった。

「終わったんですか」

「ああ。……いや、まだだ」

「ならば見てくださいよ、空。すごいですよ」

諦めて振り返って空を見上げた導火さんの表情が忘れられない。みるみると目を見開いていき、瞳の中に満面の星空を映す。

「ああ、こんなにも、美しかったのか……」

しばらく呆然と空を見上げ、やがて振り向いた。

「牡丹くん、最後にいいものを見たな」

「ええ」

本当に、美しかった。空も、導火さんも。


「始まりました、今宵の夜空を彩る花火大会です。まず打ち上がりますは、加藤煙火店によります、牡丹花火です……」

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渋川伊香保 @tanzakukaita

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