金男

にん

第1話

 羽鳥は小太りである。いや、結構太っている。170センチ90キロ。一人暮らしをしながら小説を書いている。41歳、男。プロではなく、最近物書きを目指し始めた。一応。

 羽鳥は1Kのアパートの狭い寝室で、ベッドに仰向けになっていた。和室ではなく、洋室。スマホでYouTubeを見ている。羽鳥はうみこという若い女性YouTuberが好きだ。同じ動画をもう10回以上見ている。至福の時間。実は少し飽きている。

 2時間ほど見ただろうか。羽鳥はトイレに入り、家を出て、近所の小さな公園へ行く。いつものベンチに座る。子供達の声。涼しい風。落ちている千円札。羽鳥はその千円札を拾う。千円札は破れて少し欠けている。羽鳥は千円札をポケットに入れる。そのまま少しベンチでのんびりする。

 家に帰り、録り溜めたテレビ番組を見て、少しだけ小説を書く。パソコンもあるが、スマホで書く。スマホから応募できる賞に出すのだ。

 炊いてあるご飯を納豆で食べ、風呂に入り、またYouTubeを見る羽鳥。至福の時間。少し飽きている。

 歯を磨き、電気を消し、羽鳥はベッドに入る。拾った千円札は財布に入れてある。財布は机の上。

 翌朝、目を覚ます羽鳥。ベッドの横の床に、スーツを着た男が寝ている。口ヒゲを生やした中年。男のそばに、羽鳥の二つ折りの財布が開いて落ちている。羽鳥は叫ぶ。

「うわ、うわあ!」

 男は目を覚ます。

「……ん?」

「うわ、わ! わあ!」

 男は立ち上がる。膝から下がなく、少しだけ宙に浮いている。

「わあ! わあ! 幽霊? ゆ、幽霊?」

「……あなたの名前は何ですか?」

「わあ! わあ!」

「落ち着けよ」

「わあ! 何だ! 何!」


 5分後、羽鳥は少し落ち着いていた。男は宙に少し浮いている。

「……幽霊?」

「違います。私は、お金です」

「お金?」

「あなたが昨日拾った、お金です」

「……へ?」

「昨日公園で、拾いましたよね。千円札」

「……拾ってない」

「拾いました。私はその、お金です」

「……なんで足がないの?」

「不慮の事故で、破れたんです。お札が」

「……はあ」


「持ち主に戻して欲しいの?」

「そうです」

「……あなたは、お金なの?」

「何度も言いました」

「……なぜ、足がないの?」

「破れたんです」

「……なぜお金が、人みたいに?」

「……お金は人になれます」

「そうなの?」

「はい」

「……」


「持ち主を探してほしいの?」

「はい」

「どうやって?」

「あの公園に行ってください。そしてサラリーマンを探してください」

「サラリーマン?」

「感じのいいサラリーマンです。彼が私を落としました」

「……そんなんじゃ見つかんないよ」

「彼の名前は田中です。見つけてください」

「……」

「あなたの名前は?」

「……羽鳥」

「どういう字を書きます?」

「……羽に、鳥」

「よろしく、羽鳥さん」


 羽鳥は朝食を食べ、公園に向かった。朝食を食べている間、千円は(羽鳥は男を千円と呼ぶことにした)テレビを見ていた。

 公園には若い母親と小さな子供がいた。羽鳥はいつものベンチに座る。周りを見るが、サラリーマンはいない。風が吹く。羽鳥はしばらく待ったが、誰も来ない。母親と子供がいなくなる。羽鳥は立ち上がる。

 羽鳥は部屋に戻った。千円がいない。羽鳥は狭い部屋を探す。トイレの流れる音。千円がトイレから出てくる。

「トイレするの? お金が?」

「はい」

 千円は椅子に座り、

「サラリーマンはいましたか?」

「いないよ」

「そうですか」

「見つけたら、どうするの?」

「どうするとは?」

「そのサラリーマンに会いに行くの? あなたが?」

「会えませんよ、この姿では。お札に戻るので、羽鳥さんが渡してください」

「……戻れるの?」

「はい」

「……じゃあ今戻ってくれない?」

「それはちょっと」

「……なんで」

「気分的に」

「…………」

「お腹減ったな」

「……」


 羽鳥が作ったチャーハンを二人で食べた。今まで食べたチャーハンの中で一番美味い、と千円は言った。チャーハン食べたことあるんだ、と羽鳥は思った。

 食事を終えた羽鳥は、また公園に向かった。一時間ほど待ったが、サラリーマンは現れない。羽鳥は図書館に向かった。

 図書館のソファーに座り、スマホで小説を書く。一時間ほど書いて、家に帰る。

 千円はベッドに腰掛け、テレビを見ていた。

「お帰り」

「……いなかったよ、サラリーマン」

「そうか」

 羽鳥は椅子に座る。

 千円は不思議そうに尋ねる。

「羽鳥さんは、無職なの?」

「そうだよ」

「ふうん」

「……」

 羽鳥はスマホをいじり出す。

「何してるの?」

「別に」

「……俺もスマホ欲しいな」

「……」

「……何してるの?」

「別に」

「見ていい?」

「ダメだよ」

「なんで」

「……」

 立ち上がる千円。羽鳥の横に移動する。

「見ないでよ」

「いいじゃない」

「ダメだよ」

 スマホを伏せる羽鳥。

「いいじゃない、ちょっとだけ」

「ダメだよ」

「いいじゃない、あっ」

 椅子が倒れ、千円が羽鳥の上に覆い被さる。二人の唇が重なっている。

「……うえ、うえ!」

 慌てて起き上がる羽鳥。千円は恥ずかしそうに座っている。

「ちょっと。ちょっと。何すんの」

「……すいません」

「……うがいしてくる」

 洗面所へ向かう羽鳥。

 千円はつぶやく。

「……柔らかい」


 夜。

 暗い部屋で、羽鳥はベッドで横になっている。

 千円はベッドの横、床に敷かれた布団の上で横になっている。

 静かである。

 やがて羽鳥は、眠りに落ちる。

 千円も眠る。

 千円の姿、少しずつ小さくなって。


 翌朝、羽鳥は目を覚ますと、隣を見た。

 千円が寝ていた布団の上には、誰もいない。

 布団の上の枕の上に、端の欠けた千円札が載っている。

「…………戻った?」

 羽鳥は千円札を拾う。

「……」


 羽鳥はコンビニで、アメリカンドックを買った。支払いは、例の千円で。店員は欠けた部分を一瞬気にしたが、そのままレジに入れた。


 羽鳥は部屋でベッドに仰向けになり、スマホでYouTubeを見ていた。体育館にいる若い男のYouTuber。バスケットボールを持っている。

「ノーバウンドドリブル。ドリブルは、弾んだところを相手に取られます。弾むと、取られる。だから、ノーバウンドドリブルを覚えましょう。弾まなければ、決して取られません。やって見せますね。こうです。こう。ボールに、時計回りの回転をかけると、ボールは弾みません」

 羽鳥は横向きになり、YouTubeを見続けた。


 一週間ほどが過ぎ、羽鳥はコンビニのATMで九千円を下ろした。部屋に戻り、YouTubeを見て、風呂に入った。寝室に戻ると、千円が椅子に座っていた。

「うひゃあ!」

「……僕を捨てましたね」

「なんで! なんで」

「これは呪いのようなものです。あなたには義務があります」

「義務?」

「僕を元の持ち主に返すという」

「……勘弁してくれ」


 また二人の生活が始まった。羽鳥は時々公園へ行ったが、それらしいサラリーマンは見つからない。千円は家事をするようになった。掃除や料理、洗濯。千円は風呂にも入った。着替えは羽鳥のものを着た。千円には少し大きかった。

 朝になると千円は布団の上でお札に戻っていたが、羽鳥が放っておくとやがて人の姿に戻った。千円札が少しずつ人になっていくのは不思議な光景だった。

「才能ないね」

 羽鳥が椅子に座りスマホで小説を書いていると、千円が後ろから覗き込んでいた。

「見んなよっ!」

「凡庸だね、アイディアが。表現も」

「素人が何言ってんだよ」

「君も素人じゃないか」

「俺はやってるから、一年以上!」

「諦めたら?」

「……」

 羽鳥は椅子を回転させ、千円に見えないようにした。

「手伝ってあげようか、小説」

「……結構です」


「もっと予想外の展開にしないと。これじゃ読めちゃうよ、読者が」

 ベッドに座る千円はスマホを羽鳥に渡す。

「たとえば?」

「たとえばそうだなあ、ミステリーの要素を入れてみるとか?」

「いきなり? 不自然でしょ」

「自然に入れるんだよ」

「……そんな高等技術、俺にはない」

 羽鳥はスマホを机に置く。

「賞欲しくないの?」

「……休憩」

「プロになりたくないんか? 違うんか?」

「うっせえな」

 羽鳥は椅子から立ち上がり、キッチンへ。

 インスタントコーヒーを淹れて、飲む。

 寝室へ戻ると、千円はベランダに出て、日光浴していた。この部屋は二階である。

「外を歩きたいな」

 そう言っているのが聞こえた。

「……自転車、後ろ乗る? それなら浮かないから、足なくても大丈夫なんじゃ」

「……ナイスアイディア」


 二人は自転車に乗っていた。太った中年と、ヒゲの中年。二人を見て笑う人もいた。二人も笑っていた。夕日も笑っているように見えた。


「…………うーん」

「どうしたの?」

 ベッドで漫画を読んでいる千円が聞く。

「続き、浮かばんなあ」

 羽鳥は椅子をギシギシいわせる。

「浮かばない?」

「いい展開がなあ」

「……取材旅行、行く?」

「……取材?」

 千円はベッドから降り、羽鳥の肩に手を乗せる。

「ようこそ、お金の世界へ」


 羽鳥は暗闇の中にいた。何も分からず、ただ歩く。前方に光が見える。羽鳥は光の方へひたすら歩く。

 光に包まれる羽鳥。

 そこは、荒野だった。月が出ている。気付くと、隣に千円が立っていた。

「ここがお金の世界だよ」

「……何ここ」

「あれがお金の街」

 千円が指差した先に、街が見える。中央に洋風の城のある街。

「行こう」

 千円は歩き出す。

「……何だよこれ」

 そう言いながら、羽鳥はついて行く。いつの間にか、普段履いているスニーカーを履いている。


 お金の街は賑やかだった。通りを大勢の人が行き交っている。若い男性が、千円に挨拶する。

「やあ、オズマさん」

「どうも」

 千円は男性に手を振り、通りを歩いて行く。ついて行く羽鳥。

「ここが僕の家だよ」

 二階建ての一軒家の前に羽鳥と千円はいた。

「どうぞ、入って」

 千円はズボンのポケットから鍵を出し、玄関ドアを開ける。

「どうぞ」

 羽鳥は千円の後に続いて家に入る。玄関で靴を脱ぐ羽鳥。暖炉のあるリビング。

「座って。お茶でも出すから」

「ここは?」

 千円はキッチンスペースで、ヤカンでお湯を沸かしている。羽鳥はソファーに腰掛ける。周りを見回す羽鳥。壁に赤い鳥の絵が飾ってある。

「…………」

 千円が湯気の出るカップを手に、キッチンからやってくる。

「この街特産のお茶です」

 木のテーブルにカップを置く千円。羽鳥はカップを手に取り、すする。

「……ここは?」

「お金の世界」

「……夢?」

「別の次元、かな」

「……」

「小説の参考になりそ?」

「……ならんね」

「そう」


 お茶を飲んだ後、羽鳥と千円はテレビを見た。現実世界のテレビと少し内容が違ったが、言語化は難しい。

 訪ねてくる者がいた。千円がドアを開けると、若い女が立っていた。羽鳥は結構タイプだった。

「探偵オズマさん、事件です」

「事件?」

「魚屋さんが、刺されたんです」


 羽鳥と千円は女と共に魚屋にいた。狭い店内。床に散らばった魚たち。うつ伏せで倒れている中年男性。背中には包丁が刺さっている。警官たちが、その周りで写真を撮ったり色々している。

 千円は言う。

「死んでるね」

 女が言う。

「はい。ひと突きです」

「犯人は誰だろう」

「誰でしょう」

 千円は顎に手を当てながら死体の周りを歩く。警官が怒鳴る。

「こら、近寄るな!」

「私、探偵のオズマです」

「知るか!」

 オズマは小走りで羽鳥たちの元に戻ってくる。

「できることはなさそうです」

 女は言う。

「そんな」

「多分魚屋の奥さんが犯人じゃないかな。今頃どこかに身を隠してると思う」

「魚屋は独身です」

「そっか」


 羽鳥と千円は千円の家にいた。羽鳥はソファーに、千円は椅子に座っている。

「あの、そろそろ帰りたいんだけど」

「元の世界に?」

「うん」

「今から?」

「うん」

「二人で?」

「うん。いや、一人でもいいけど」

「冷たいこと言うなや」

 千円は立ち上がる。

「帰ろっか」

 二人は家を出る。しばらく歩いて街を出る。

「どこ行くの?」

「出口」

 荒野をひたすら歩く。月が出ている。この世界に来た時と、月の位置が変わっていない気がする。

 地面に大きな穴が開いている。穴からは男の低い声が聞こえる。臭いよー、嫌だよー、と言っているように羽鳥には聞こえる。

 千円は穴に飛び込む。一瞬で見えなくなる千円。

「えっ? 飛び込むの? 俺も?」

 ためらう羽鳥。

 意を決して飛び込もうとするが、背中をトントンと千円に叩かれる。

「あれ?」

「これはただのアトラクション。行こう」

 歩き出す千円。羽鳥はついて行く。

 荒野に、ドアがある。ドア枠とドアだけが立っている。ドアノブに手をかける千円。

「またいつでも、遊びにおいで」

 千円がドアを開けると、光が漏れ出す。


 羽鳥は自分の部屋で椅子に座っていた。靴は履いていない。千円はベッドで漫画を読んでいる。机の上のスマホを見ると、お金の世界に行く前とほとんど時刻は変わっていないようだ。羽鳥は上を向き、口から魂を吐くように息をした。


 羽鳥は公園のベンチにいた。

 向かいのベンチに、サラリーマンが座っている。

 なんだか感じがいい。

 あれが田中か?

 羽鳥は立ち上がり、近づく。

 サラリーマンは顔を上げる。

「?」

「あの」

「……何ですか?」

「……お金、落としました?」

「……は?」

「……あなた、田中さん?」

 サラリーマンは驚いた顔をして、気味悪そうに羽鳥を見る。

 立ち上がるサラリーマン。

 足早に、羽鳥から離れるサラリーマン。

 羽鳥は取り残され、立ち尽くす。

「…………」


「サラリーマンいた?」

「いなかった」

 千円はテレビを見ている。

 羽鳥は椅子に座る。

 羽鳥はポケットからスマホを出し、YouTubeを見始める。

 テレビとYouTubeの音声だけが部屋に響く。

「……あのさ」

「何?」

「もし、落とした人が見つからなかったら、どうなるの?」

「見つけてよ」

「……見つかんなかったら」

「……このまま、ここで暮らすかな。羽鳥と一緒に」

「……お金には戻んないの?」

「退屈なんだよ、お金でいるのって」

「……俺が迷惑だとは、考えない?」

「なんで?」

「……」


 羽鳥は散歩から帰ってきて、アパートの階段を上がっていた。階段の途中に、万札が一枚落ちている。

「……」

 羽鳥は拾い、万札を財布に入れた。

 翌朝、目を覚ますと、千円の隣でパーカーにジーンズの若者が寝ていた。

 そのそばには開いた羽鳥の財布。

「……こうなるか」

 千円は目を覚まし、体を起こす。

「……誰?」

 若者はスヤスヤ寝ている。


「我は王族なり。千円札ごときが同じ空気を吸うな」

 万札は偉そうに言う。羽鳥の椅子に座っている。

 ベッドに腰掛けた羽鳥と千円。

 羽鳥は言う。

「……で?」

「この者を追い出せい」

「……」

「俺、出て行くよ」

「千円」

「万札様には、逆らえない」

 立ち上がる千円。

「ちょっと待て。その足で出て行ったら、誰かに通報されるよ。浮いてるって」

「構わない。失礼しました」

 万札に頭を下げる千円。

「うむ」

「待て待て。落ち着けって。最初にいたのは千円なんだから」

「万札様には、逆らえない」

「何言ってんの」

 羽鳥は万札に、

「君、変なこと言わないで」

「人間の分際で無礼だな。我は万札なり」

「だから何だよ。君が後から来たんだから、君が出て行くべきでは?」

「なぜ」

「……」

「俺、出て行くよ」

「千円」

「空気が汚れる。はようせい」


 しばらく話し合った結果、千円はキッチンにいることになった。

「余は寛大なり」

 万札は椅子に座り、テレビを見ている。

 ベッドに腰掛けた羽鳥、

「……寝袋買ってくる。千円の」

「あんな者に寝具などいらん」

 財布とスマホを手に、立ち上がる羽鳥。


 寝袋を手に、部屋に戻る羽鳥。ドアの鍵を開け、玄関ドアを開けると、変な匂いがする。

「……?」

 キッチンに千円はいない。

 キッチンを通り、寝室へのドアを開けると、千円が背中を向けて突っ立っている。

 床には、うつ伏せに倒れた万札。

 千円の手には、血のついた包丁。

「……千円?」

 千円、振り返り、微笑む。

「……やっちまった」

 万札の胴のあたりに血溜まりができている。

 羽鳥は言う。

「……まあ、いいんじゃない?」


 死体の処理をどうしようかと千円と考えていると、万札は次第に縮んで、血のついた一万円札になった。二人は微笑んだ。

 キッチンのシンクで万札を燃やし、証拠隠滅。包丁も念入りに洗った。

 なんとなくお祝いしたい気分だったので、その夜は出前のピザを頼んで二人で食べた。とてもおいしかった。


 羽鳥は椅子に座り、スマホでYouTubeを見ていた。千円はベッドで昼寝している。若い男の声が響く。

「朝起きたらまず何をするかっていうと、ぬるいシャワー。常温の、ぬるめのシャワー。これで目を覚まします。冷たいシャワーじゃダメなんだよね。びくってなっちゃう。熱いシャワーも、火傷するかもしれないからダメ。ぬるいシャワー一択。朝一にぬるいシャワー浴びると、目がバキバキになるから」

 千円がベッドの上で体を起こす。羽鳥は声をかける。

「おはよう」

「……お金の世界が、大変だ」

「え?」

「一緒に来てくれない?」

「え? 今?」

 千円は立ち上がり、羽鳥の肩に手を置く。


 暗闇の中、羽鳥は歩いている。光が前方に見える。

 光が広がり、羽鳥は荒野にいた。頭上には月。横には千円。

「行きましょう。お金の街が大変だ」

 早足で歩き出す千円。ついて行く羽鳥。

「一円玉たちが、暴動を起こしたんです。城にいる王族の一万円たちを襲い始めて。城には何人も知り合いがいる。無事だといいんだけど」

 千円は深刻な表情で歩く。羽鳥もつられて深刻な表情。


 街に着くと、通りには人気がなかった。建物の窓ガラスがところどころ割れている。

「城に行きましょう」

 千円は坂道を上がって行く。息を切らしながらついて行く羽鳥。

 城への大きな階段を上る二人。城のあちこちから煙が上がっている。

 城の正門には、バリケードができていた。棍棒のような物を持ったホームレスのような男が数人。

「あれが一円玉。正門は無理だな」

 裏門を目指し、迂回することにした。高い塀に沿ってひたすら歩く。時々叫び声が聞こえる。

「城に入ってどうするの?」

「助け出すんです。姫に何かあったら、この世界は終わる」

「?」

 しばらく歩いて、裏門についた。大きな門は開いていて、誰もいない。

「入りましょう」

 二人は城の敷地内に入った。花壇のある庭を歩く。棍棒が二つ落ちている。

「見つかったら殺されるんじゃ」

「そうかもしれません」

 歩く二人。大きなドアにたどり着く。ドアを開ける千円。

 城内は静かだった。花瓶が倒れている。少し歩くと、棍棒を持った二人の男と鉢合わせる。

「何だお前ら」

 千円は近くに落ちていた木の棒を手に取り、構える。

 羽鳥は走って逃げ出す。

「待てこらあ!」


 羽鳥と千円は地下牢にいた。二人とも顔や腕を怪我して、地面に座っている。

「痛え、痛え」

 泣いている羽鳥。

 牢屋にはローブを着た老人もいる。

「お前さんたち、戦ったんか。勇敢だのう」

 羽鳥は次第に泣きやむ。悔しそうに老人にこう言う。

「二十人もいちゃ、勝てませんよ」

「二十人。よく戦った」

 ひゅう、と口笛を吹く老人。

 千円は目を閉じている。

 やがて、牢屋の外の階段の方から足音が聞こえてきた。

 薄いピンクのドレスを着た若い女が、屈強な男に連れられて階段を下りてくる。

 男は女を牢屋に入れ、扉の鍵を閉め、階段を上っていく。

 千円は、姫、と声をかける。

「オズマ。捕まってしまいました」

「ご無事で何よりです」

「これから処刑されるんでしょう」

 千円はうつむく。

「何とかなります、姫様」

 老人が言う。

「姫に何かあれば、この世界が終わります。奴らもそんなことは望まんでしょう」

「しかし、兄が殺されました」

 老人は黙る。

「奴らは後先を考えていない様子です」

 沈黙が流れる。

「……え、俺、もしかしてここで死ぬの?」

 羽鳥が言う。

「もしかして、ここで俺死ぬ流れ? 嘘? 嘘だよね? そんなわけないでしょ? 俺、この世界の人じゃありません。俺、この世界の人じゃありません。出して。出して」

「落ち着け羽鳥」

 千円がなだめる。羽鳥は牢の鉄格子を掴んで、

「出せよ。死なねえよ。死なねえ俺は。死なねえ」

「あなたは、この世界の人ではないのですか?」

 姫が聞く。千円が答える。

「この者は、お金じゃない世界の者です」

「……そうですか。巻き込むわけにはいきませんね」

 姫はドレスの胸元から、小さな笛のような物を出す。

 それを吹く姫。

 ピーッと高く小さな音が鳴る。

「?」

 羽鳥は不思議そうにしている。

 しばらく間があって、突然、牢の壁にドカンと穴が開く。

 白い大きな生き物の頭が、穴から顔を出す。

「何?」

 羽鳥はつぶやく。姫は言う。

「次元を超える竜です。あなたはお逃げなさい」


 お金の街の上空を、竜が飛んでいた。その背中には、羽鳥と千円。

「ひゃーっほう! ひゃーっほー!」

 羽鳥は笑いながら叫んでいる。

 竜は月に向かって飛ぶ。

 眼下の街では大きな爆発が起こった。

 月がどんどん大きくなり。

 羽鳥は椅子に座っていた。

 いつもの自分の部屋。

 千円はベッドに腰掛けている。悲しそうに、つぶやく。

「……お金の街は、終わった」

「……千円」


 羽鳥と千円が部屋でくつろいでいると、玄関ドアがドンドンとノックされた。

「羽鳥ー。いるー?」

「大西だ」

 羽鳥は椅子から立ち上がる。

「なんで来たんだよ」

 千円はベッドに座ったまま、

「俺、どうする?」

「家には入れないから。そこにいて」

 羽鳥は玄関へ向かう。


「へー、お金って人になるんだ。知らんかった」

 老け顔の中年男、大西は千円の隣、ベッドに腰掛けていた。羽鳥は椅子に座っている。

「宙に浮いてるのはどういう仕組み?」

「僕もよく分かりません」

「不思議なこともあるもんだねー。不思議」

「で、結局何しに来たの?」

 羽鳥は聞く。

「いや、だから久々に近く寄ったから。顔見ようと思って。最近何してんの?」

「いや、別に」

「なんか書こうかなって言ってなかった? 前」

「ああ」

「小説書いてます、羽鳥は」

 千円が口を挟む。

「小説? どんなの? 見してよ」

「嫌だよ」

「なんでだよ。いいじゃん」

「才能がないんです」

 千円が言う。

「あるよ。何言ってんの」

「駄作しか書けないんです」

「何を」

「そうだ。足、直そっか?」

 大西が言う。


 大西は椅子に座り、机の上で千円札を修理していた。ノートブックの切れ端を、欠けた部分にテープで貼り付ける。

「できた。いいよ」

 大西は千円札をベッドに置く。千円札は次第に大きくなり、人型になる。

 膝から下、白い素足が剥き出しになっている。

「おお」

 千円は自分の足を触る。

「ありがとう。素晴らしい」

「真っ白だな」

 大西は言う。

「いいよ、綺麗だ。……これで公園に行ける」

「公園?」

「元の持ち主を探しに行くんだ」


 三人は公園にいた。千円は羽鳥のスニーカーを履いている。

 サラリーマンはいない。

「いないなあ、田中」

 千円はつぶやく。大西はブランコを漕いでいる。

 太陽は次第に夕陽になってくる。公園には三人しかいない。カラスが鳴く。

「……帰ろっか」

 千円が言う。


 羽鳥は自分の部屋で、パソコンに向かっていた。集中して執筆している。なぜかスマホよりパソコンで書いた方が集中できることに羽鳥は最近気付いた。

 ベッドの上の千円、

「そろそろ公園行こうよ。もう一週間もこもってるよ」

「あとちょっとだけ」

 羽鳥は画面から目を離さない。

 千円はため息をつき、テレビをつける。ニュースが流れる。男性アナウンサーの声。

「魔鋼カンパニーの大蔵清社長が、都知事選に立候補しました。大蔵氏は全世界の抜本的改革を掲げており」


 二人は一週間ぶりに部屋を出た。

 羽鳥は、空気が違うと感じた。空の色が、以前と何か違うような。

「あれ、飛行船」

 羽鳥が見上げると、上空を大きな青い飛行船がいくつも飛んでいた。

「……なんか、変わったね」

 千円がつぶやく。

 公園に着くと、公園の中心に新しい像が立っていた。

 長い刀を持った、背中に翼の生えた男の像。

「なんだこれ」

 羽鳥はつぶやく。

 千円は像の台座を見て、

「サイラスって書いてある」

「誰それ」

 公園に、スーツを着たサラリーマンが入ってくる。

「あれ、田中?」

「いや、違う」

 サラリーマンが二人に近づいてきて言う。

「この公園、鬼出るらしいよ」

 羽鳥は聞き返す。

「……鬼?」

「長居しない方がいい」

 そう言ってサラリーマンは足早に去っていく。

「……鬼?」

 千円はつぶやく。


 二人は電車のシートに座っていた。

「あんな建物、前はなかった」

 窓から見える高層ビルを指差す羽鳥。千円はそのビルを見つめて言う。

「なんか青く、光ってない?」

「……」

「どういう仕組み? LED?」

「……なんか街の雰囲気が違う」


 渋谷の空は、煙で覆われていた。

 二人は雑踏を歩いている。

 大きな剣のような物を持った、若い男とすれ違う。千円は言う。

「何あれ? コスプレ?」

「……」

 若い女性の悲鳴が聞こえる。

 羽鳥は悲鳴の方を見る。

 人々が走って逃げてくる。その向こうに、頭に黒いツノの生えた、黒い裸の生き物が立っている。

「……何あれ」

「逃げよう!」

 千円は羽鳥の手を引いて走り出す。羽鳥はすぐにつまずいて転ぶ。

「大丈夫?」

 黒い生き物がいたあたりで爆発が起こる。叫ぶ人々。

「逃げよう!」

 千円は羽鳥を起こし、手を掴んで走る。必死についていく羽鳥。羽鳥は視界の端に、公園の像にそっくりな男が爆発の方へ向かっていくのを見た。

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金男 にん @nin123

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