妖精の秘密

平 遊

信じる/信じないは貴方次第

 K大学には、ふしぎ現象同好会、なるものが存在する。メンバーは二十数人。ただし、専ら飲み食い専門のゆるいサークルで、これといって活動をしているわけではない。ただ、不思議な現象に多少なりとも興味がある人がメンバーとして名を連ねている。それだけだ。

 だがそんな中、たった2人だけ、熱心に不思議な現象を追い求めているメンバーがいた。

 ひとりは、加来文乃かくふみの。

 もうひとりは、夜見陽汰よみはるた。

 1年生の文乃と陽汰は、ただ集まって飲み食いしながら、使い古された七不思議や都市伝説を聞くだけではモノ足らず、自らを「ふしぎハンター」と名乗って、不思議な現象を集めて回っている。


「夢は、あるんだけどなぁ」


 キャンパス内の図書室で、スマホから顔を上げた陽汰がため息をつきながら言った。

 ため息の後に続いたのは、大あくび。昨晩遅くまでふしぎハンター活動と称してネットでふしぎ情報を探していた陽汰は、かなりの寝不足気味だ。


「なにが?」


 机を挟んで陽汰の向かいに座る文乃が、取り組んでいるレポート用の資料から顔を上げずにそう問う。


「妖精。だって、さ」

「ふうん」

「ほら、これ見てみろよ。あからさまに合成だろ」


 陽汰が差し出したスマホにチラリと目を向け文乃は再び資料に目を戻す。


「確かに。この時代にそれはお粗末すぎ」


 陽汰のスマホには、緑の葉の上に浮かんでいる、手のひらに乗るくらいの大きさの、透き通る大きな羽を持った女の子の写真が表示されている。おとぎ話の中に出てくるような、いわゆる妖精というものだ。だが、その写真は違和感だらけで、とても本物とは思えない。


「だよなぁ……だいたい、妖精なんていないっつーの。そんなの今時子供だって」

「いるよ」


 やはり、レポート用の資料に目を落としたまま、文乃が陽汰の言葉を遮る。陽汰にとっては、意外すぎる文乃の言葉。文乃はふしぎ現象には興味はあるが、子供だましのくだらない話にはまったく興味を示さないからだ。


「え? 妖精、だぞ?」


 ふぅ、と息を一つ吐き出すと、文乃はようやく顔を上げた。


「あたし、妖精だったから」

「……大丈夫か、お前?」

「めんどくさいから詳細は割愛するけど」

「めんどくさいんかいっ」

「ガールスカウトではね、小学1年から3年までをブラウニーって言うんだ。ブラウニーは、家の人が気づかないうちに家事とか色々と人間のお手伝いをしてくれる、妖精なんだよ。詳しく知りたいなら、【ガールスカウト ブラウニー物語】で検索してみ」

「てか文乃、もしかしてガールスカウトやってたのか?」

「まぁね」


 文乃に言われるままに、スマホで【ガールスカウト ブラウニー物語】を検索して、出てきた説明や動画をいくつか見た陽汰は、なるほど、と感心したような声を上げる。


「可愛いなぁ……こんな妖精さんなら、確かにたくさんいるかもな?」

「でしょ?」

「妖精さんの文乃も、可愛かったんだろうなぁ」

「もちろん」

「少しは否定しないのかよ」

「何のために?」

「謙遜?」


 フッ、と陽汰の言葉を鼻で笑いながら、文乃は資料を鞄に入れ机の上を片付け始める。そして、再びスマホに目を落とした陽汰に言った。


「レポートの提出期限、明日だけど大丈夫?」

「え?」

「明日の1限目の講義、レポート提出しないと単位貰えないみたいだよ?」

「……え、うそっ、マジっ!?」

「資料も揃ったし、あたしもう帰るから」

「ええっ!?」


 情けない声を上げる陽汰にニコリと笑うと、文乃はそのまま帰ってしまった。



「あれで本当に元ブラウニー(妖精)かよ」


 そう呟きながら、陽汰も慌てて資料集めを始めた。






(……ん? なんだ? なんか目がチカチカ……光が、飛んでる?)




(あー、早く資料……)






「やべっ! 寝ちまった!」


 机からガバリと身を起こし、陽汰は思わず大声を上げ、そこが図書室であることを思い出して慌て口元を右手で覆う。左手首の時計を見れば、もう間もなく図書室も閉まる時間。


「あ〜……レポート資料が〜……」


 頭を抱えた陽汰は、ふと目の前に何冊かの本が置かれていることに気づいた。しかも、その本にはいくつもの付箋がついている。


「ん? ……あれ、これって」


 パラパラと本をめくった陽汰は、キョロキョロとあたりを見回した。文乃の姿を探したのだ。だが、どこにも文乃の姿は見当たらない。


「明日、なんかおごってやるか」


 貸し出し手続きを済ませて本を鞄にしまうと、陽汰はレポートを完成させるべく、家へと急いだ。




「陽汰、よくレポート書き終わったね」


 翌日1限目の講義終了後。

 文乃にそう声をかけられた陽汰は、ニヤリと笑って文乃にサムズアップをして見せる。


「妖精が助けてくれたからな」

「は?」

「てことで、今日の昼は俺のおごりだ」

「よくわかんないけど、ありがと」

「またまた、照れるなって。文乃だろ? この本、置いといてくれたの」


 そう言って、陽汰は鞄から付箋の付いた本を取り出し文乃に見せたが、文乃は怪訝そうに眉をひそめる。


「は? 知らないけど?」

「……え?」

「よくわかんないけど、ラッキー♪ 何ご馳走してもらおっかな」


 ご機嫌な様子で弾むように歩く文乃の後ろ姿を陽汰は呆然と見送っていたが。


(まさか……ほんとに、妖精が助けてくれたのか!?)


「行くよ、陽汰! 次の講義始まっちゃう!」


 手招きする笑顔全開の文乃に、こう思い直した。


(妖精って、優しさとか思いやりが具現化したもの、なのかもしれないな。だとすると……やっぱり妖精は存在するんだ、きっと)



【終】

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