星屑が導く扉

茶野鈴子

 

「輝く雨が降る時、星屑が導き、固く閉ざされた扉が開くであろう。」


 宙に浮かぶ石板から威厳のある声が響く。

 輝く雨? 扉? 何のことだ?

 そう聞こうとして口を開きかけたものの、言葉を発する前に目が覚めた。


 石板の声が妙に生々しく聞こえた。

 頭が一瞬、ズキリと鈍く痛み、何かの映像が脳裏をよぎった。もやもやとした何かが扉のように見えた。闇夜のような漆黒の扉は、ドアノブの下にある鍵穴だけが光っている。まるで肉眼で見る星のようだった。

 あの漆黒の扉に、ブラックホールのように吸い込まれてしまいそうで、少し不気味に感じて、ゆっくり体を起こして辺りを窺う。

 いつもの自分の部屋と何も変わりない。変な場所に放り出されたわけではないようで、ホッと胸をなでおろした。だが、まだ耳の奥にあの石板の声がこびりついていて離れなかった。


 変な夢だったが、それなのになぜか気になって仕方がない。

 いつも夢の内容なんて覚えてないのに、そこだけハッキリと思い出せた。


「サトル、遅刻するよ!」


 夢について考えようとしたところで、階下から母さんの声が聞こえる。

 時計を見ると7時を過ぎていた。


「やばっ!」


 俺は慌ててベッドから出て、洗面所へと向かった。


 遅刻しそうだったので、朝ごはんのおにぎりをカバンに入れ、食べずに家を飛び出した。

 家の鍵をブレザーのポケットにしまったところで何かが入っていることに気付く。

 家のものじゃない鍵が出てきた。

 鍵の頭が星のような形をしていた。そこには赤い宝石が埋め込まれていた。ツヤのない宝石で、まるで曇っているように光がない。鍵全体を撫でてみると、少しざらついていて、長年使い込まれた感触があった。ひんやりとした鍵の感触が、妙に生々しく感じ、少し背筋が冷たくなる。

 何故だろう、俺はこの鍵を知っている気がする。持っていた記憶がないのに、何故そう感じるのだろう。一体どこで見たんだ?

 記憶を遡り、思い当たるものを見つけた。

 中学時代、隣の席で真面目に授業を受けていた彼女のペンケース。

 そうだ、似たものを見たことがあるんだ!


「……って、遅刻する!」


 いったん鍵の存在は頭の隅に追いやって、乱暴にポケットの中に戻し、急いで学校に向かった。


 走った甲斐もあり、なんとか学校に間に合った。

 遅刻ギリギリで席に着くと、すぐに朝礼が始まった。

 ぼんやりとそれを聞きながら、無意識にポケットの中にある鍵をなぞっていた。確かにそこに存在している。


 見覚えがあったものを一生懸命思い出した。

 たしか、中学の時に好きだった人のペンケースについていたキーホルダー。その頭の形が星だったし、赤い石がついていた気がする。思い出そうとしたけど、キーホルダーよりも、彼女が目を細め、少し口元に笑みを浮かべた楽しそうな顔ばかりを思い出してしまう。

 今、彼女は元気にしてるんだろうか。

 久しぶりに思い出した彼女と共に淡い思い出もよみがえってきた。少し懐かしい。肝心のキーホルダーのことはほとんど覚えてない。きっとキーホルダーなんだから、鍵と細部が一緒のはずがないし、ただの気のせいだろう。


 改めて、今朝見た夢を思い出した。

 輝く雨の降る日に扉が現れる。

 さっぱり意味がわからないのに、その言葉が頭からこびりついて離れなかった。

 どういう意味なんだろう。

 知らないだけで、そういうことがあるのかもしれない。机の下でこっそりとスマホを取り出す。「輝く雨」「星型の鍵」など、思い浮かぶ単語を調べてみたが、あまりしっくりくる結果は出てこなかった。

 車や自転車のヘッドライトで照らされ、雨が光って見えることはある。ただ、それを「輝く雨が降っている」と表現するのはおかしく感じる。しばらく考えても、雨が輝くなんてどうしても思い浮かばなかった。

 ただの夢の話なのだ。珍しく覚えていたからこそ、真に受けてしまい真剣に考えてしまった。冷静になってみると、バカバカしい話だ。

 鍵も、たまたまの偶然が重なったイタズラだろう。きっと、誰かがブレザーを教室に置いていた時にでも入れたのだ。そうに決まっている。

 そう考えて、夢のことを忘れようとした。どこか無理やりな気もするが、その違和感は無視した。


 休み時間になったら朝ごはんを食べようかな、と思っていたら、急に教室が薄暗くなった。

 朝なのに、さっきまで明るかった部屋が暗くなるなんておかしい。

 思わず窓の外を見ると、まるで外が深夜のような世界に変わっていた。

 なんだ、なんだと混乱した教室では、生徒たちが我先にとベランダに出て行く。もちろん俺もその一人だ。少し出遅れたのでクラスメイトの後ろの方で、背伸びしながら眺める。見渡す限り真っ暗な空。太陽はもちろん月も見えない。光がないせいか雲があるのかも分かりにくかった。

 先生が、「席につきなさい」と叫んでいるが、異常事態に誰も聞いていなかった。「太陽がないね」とか、あちこちで話し声が聞こえ騒がしいので、先生の声が聞こえていないといった方が正しいかもしれない。隣の教室や下の方からも声が聞こえるのだ。ほぼ全生徒、ベランダに出ているようだ。


「あっ、流れ星だ!」


 誰かが叫ぶ。皆して一斉に空を見上げた。

 キラリ、と光っては消える彗星。ひとつ、またひとつと彗星が現れ、空一面を埋め尽くした。

 こんな流星群、俺はテレビでしか見たことがなかった。

 あまりの美しさに言葉が出てこない。

 一瞬たりとも逃さないように、俺は食い入るように見つめていた。

 先ほどまで騒がしく話していた生徒たちも、見惚れているようだ。感嘆の声が聞こえたかと思ったしばらくした後、誰しもが目を奪われ、言葉をなくす。しん、と静寂に包まれた。


 徐々に彗星の数も減り、それが途絶えると、代わりに星屑が降り注いできた。

 一粒ずつキラキラと輝きながら、星屑が重力に従って落ちてくる。

 線香花火が落ちるような一筋の儚い光。その光の筋は少しずつ増えていった。試しに手を伸ばしたクラスメイトの手がふんわりと舞い降りた光の雫を受け取る。キラキラとした光の粒は手のひらの上で優しく弾けて消えた。

 まるで世界が光に包まれているような、光り輝き眩い雨が降り続けている。先程よりも空気が温かく感じ、どこか安心感を抱き、外へ出てこの雨に身を委ねたくなった。

 あまりの幻想的な光景に、周囲から息をのむ声やすすり泣く声が聞こえてきた。スマホを出して録画している者もいる。後ろの方にいる生徒が無理矢理前に行こうとしているのか、「押すな」とか「痛い」という声が聞こえてきた。校内放送で「教室から出るな」と指示が流れたが、パニック状態の生徒たちには聞こえていなかった。

 だんだんと混沌としていく周囲をよそに、俺は呆然と降り注ぐ光を見ていた。


「まさか、これが輝く雨……!?」


 それ以外の言葉が思い浮かばなかった。

 スマホで検索しても出てこなかった現象が、まさか現実に起こるなんて。

 どくっ、と心臓が早鐘を打ち始めた。どうしても興奮してしまい、少し呼吸が早くなる。

 現実的じゃない。けれど、この光景は確かに『本物』だった。


 石板が語った言葉が脳裏をよぎる。

 これが偶然だとは思えない。あれはお告げだったのだろうか。

 あの夢が本当だとしたら、どこかに扉が現れた?


 その考えに同意するかのように、一際大きな輝きを放ち、西の方に彗星が落ちていくのが見える。

 落ちた瞬間、大地が震え、空気が変わるのを感じた。そして、鍵が主張するかのように大きく脈打った気がした。驚いて鍵を取り出す。特に脈などあるように感じない、ひんやりとした鉄の鍵のままだ。だが、この鍵を持っていると何故か妙に胸がざわつくのだ。


 もしかして、あの光が落ちた場所に扉があるんじゃないか?

 現実的ではない考えが浮かび、頭を振って考えを振り払おうとした。

 そんな俺を見透かしたように、鍵がじんわりと光りだす。だんだんと熱を帯び始め、鍵から温もりを感じた。朝は曇っていた赤い宝石が、強烈な光を放ち始める。中心はまるで炎を宿したかのように揺らめいていた。


「うわっ!?」


 宝石はぽうっと一筋の光を伸ばした。その光の先には、先程の彗星が落ちた方向を示している。呼応するかのように、光が示す先で一瞬だけ大きな輝きが放たれた。

 その瞬間、ズキリ、とまた一瞬だけ頭が痛み、扉が脳内に浮かび上がる。朝よりも少し鮮明になったその扉は、重厚な形をしている。月のない夜のような漆黒の扉は、星が散りばめられたように大小さまざまに淡く光って見える。


『助けて!』


 扉の向こうから澄んだ高い声が切実な叫びを上げた。その叫びと共に、鍵穴から眩い光が放たれ、俺に向かってくる錯覚に襲われた。強い光が目の裏にチカチカと残り、くらくらする。

 頭を抑えながら、思わずあとずさった。


 情報量の多さのせいか、体に負担がかかったようだ。一歩も動いていないのに、走り終えた後のように肩で息をする。冷や汗が出てきて、顔を袖で拭った。


「アイツの声に、似てる……」


 助けてという声にハッとして思い出したのは、かつて片思いしていた彼女の影だった。

 気のせいだ、あり得ないと、必死に否定しようとする。けれど、一度意識してしまったら、もう彼女のイメージから離れられなかった。 

 だんだんと胸の奥が苦しくなり、手で胸元をギュッと押さえつけた。

 今朝、鍵を見て彼女を思い出したのも、偶然ではなかったのか?

 彼女が助けを求めるような状況になっているとは考えたくない。

 なのに、連絡先を知らないから彼女の無事を確かめようがなくてもどかしかった。


 少しでも彼女は無関係であると思いたくて、周囲を見回した。

 だが、周囲は謎の現象に夢中でまったく俺に無関心だった。俺の持つ鍵が強い光を放っているのに、そばにいるクラスメイトたちは誰も気付いていない。

 鍵と周囲を見比べたが、やはり誰も俺を見ていない。


 もしかして、鍵が光っているのに気付いていない?

 いったいなんなんだコレは?

 

 朝からの不思議体験の連続で、もう何がなんだかわからなくなってきた。

 考えることを放棄していると、降り注ぐ星屑のひとつが、ゆらゆらと揺れながら舞い降りてくる。それが鍵の宝石に吸い寄せられるように触れ、取り込まれた。すると、鍵の中心にある揺らめく炎が星屑にまとわりつき、炎の力を利用してまるで殻を破ろうとするように、じわじわと盛り上がってきた。

 なんだ、と驚き鍵から手が離れてしまいそうになったが、俺の手が動かなくなってしまったのか、手を振っているのに鍵は手にへばりついてまったく取れなかった。

 盛り上がっていた星屑はとうとうぽんっ、と軽快な音を出して飛び出てきた。赤い星形の星屑は、手のひらに乗りそうなくらいの大きさで、丸みを帯びてぷっくりとしている。

 驚きのあまり尻餅をついた。けれど、周りは俺を不可解そうに一瞥しただけで、すぐに現象へと関心を戻していた。


「なんなんだよ……」

『ふふっ。今はキミにしか見えないし、聞こえてないよぅ』

「星がしゃべった……!?」


 思わず出た小さな独り言に、星屑から返事が返ってくると思わない。つい大きな声で言ってしまい、慌てて口元を手で覆い、息を呑んだ。それを見ながら、星屑はおかしいのか、くすくすと笑うように光を瞬かせた。

 度重なる不思議体験に、もはや感覚も麻痺してきたのか星屑が話すことにあまり抵抗はなかった。それよりも、この状況がなんなのか知っているなら教えて欲しい。


 何か言おうとしたが、そもそも何から聞けばいいのかわからない。頭に色々と浮かび、声にならない声をパクパクと口だけ動かして伝えようとした。当然、星には伝わらない。

 星屑は、俺のことなど意に介さず、赤くチカチカと光りながら動き回る。近距離だと眩しいから顔を逸らしているのに、すぐに星屑にまわり込まれてしまいチカチカするのがおさまらない。少しだけ鬱陶しく感じた。


『あのね、キミにお願いがあるんだぁ』

「お願い……?」


 ふわり、と目の前に舞い降りた星屑は、真剣さを示すように色濃い赤に変化していく。ものものしい雰囲気を感じ、俺の喉が勝手にゴクリと音を鳴らした。


『扉を開けて、向こう側に囚われている彼女を助けて欲しいの』

「扉……」

『そう! 彼女ね、自分じゃ開けられなくて困ってるんだ。そこから彼女を出せたら、この現象もおさまし、これから起こる不可解なことも止められるよ』

「不可解なこと……?」

『何が起こるかは僕もわかんないもん。でも、僕達がキミ達にとって不思議なことを起こす力は、ヒトの手を借りないと起きないから。彼女を扉から出して、ヤツと切り離せばおさまるよ』


 力? ヒトの手? ヤツ?

 聞きたい単語はいくつかあった。気になることがあるけど、それを聞くよりも前に、すでに出来る気がしない。

 そんな重大そうなことを、俺がやるのか……?

 星屑から話を聞くと、助けられる自信が持てなくて視線を逸らした。

 不安を感じとった星屑が、『ダメかなぁ?』と弱々しく光りながら呟いた。


「なんで……俺が?」


 子供の頃、『自分がヒーローだったら』と思ったことがある。自分には何か特別な力があるのではと、信じていた時期がある。

 そのうち、自分は特別でもなんでもないと理解して現実の身の丈に向き合っていった。

 テストでいい点取り続けるほどすこぶる頭がいいわけでもなく、運動音痴とは言わなくても人並み程度。特別な才能なんてない、そんな俺が出来ることなのだろうか。


『だって、キミが鍵を持っているから。彼女に選ばれたんだもの』


 当然のことのように星屑は告げる。

 俺が彼女に選ばれた?

 信じ難く、戸惑いの方が大きかった。そんな俺を星屑は明るくパッと光って肯定する。


『彼女が無意識にでも助けを求めた。その願いに乗せられて、僕はキミのところへ届けられたんだよ』


 そう言うと、星屑は鍵についている宝石にふわりと降り立った。まるで磁石がついているように吸い寄せられ、宝石の中に消えてしまう。まだ話の途中なのに。


「おい、消えるな!」

『ここにいるよー?』


 鍵から声が響き、俺は飛び上がった。

 のんきな声に、消えると思ってすがった自分が少し恥ずかしく感じる。


『大丈夫だよ。キミならできる。なんてったって、僕がついてるからね!』


 胸を張っているような誇らしげな声を聞いても、自分の足は動かなかった。

 その自信は一体どこからわいてくるんだろう。

 「助けて」と言う彼女の声は鮮明に思い出せるのに、彼女の手を取り助け出す自分が全く思い描けなかった。


『いいの? 今も彼女は待ってるよ?』


 純粋な疑問のように星屑は問うた。

 扉の向こうで助けを待つ彼女を想像すると、胸がギュッとしめつけられた。

 くよくよしている場合ではないと気付いた。


「行くしかない」


 自分に言い聞かせるように呟いた。

 「サトルくん」と笑顔で呼んでくれた顔を思い出す。彼女にもう一度会いたい。


『そうこなくっちゃ!』

 

 嬉しそうな星屑が、宝石の中で弾けて喜んでいるのか、鍵自体が振動で震えた気がした。

 

 彗星が落ちた先で、ぼんやりと青い光が見える。

 きっと、そこで彼女は待っている。

 

 教師や生徒が今起きている現象に戸惑い、ざわめいているうちにそっと教室を抜け出し、駆け出した。



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星屑が導く扉 茶野鈴子 @mykaku55

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