妖精狩り ―冒険者が綴る異世界報告書・外伝―

藤光

妖精狩り

 ぼくのねぐらを教えているのは、一部にいるな冒険者だけだが、ソーマ・ルーンスは、とても顔色でぼくの部屋に現れた。腰にはじめてみる鳥籠のようなものを下げていた。


「どうしたの。真っ昼間、幽霊に会ったような顔をして」

「当たらずとも遠からず――かな」


 ぼくが商売に使っている小部屋の椅子にどっかりと腰を下ろすと、ソーマは大きくため息をついた。と、くすくすと小さな笑い声が聞こえてきた。可笑しくてたまらないといった悪戯っぽい声だった。魔の気配がまとわりついている。


「なにかいるの?」

「……」


 ソーマは黙ったままテーブルの上に、持ってきた鳥籠をおいた。中には木の葉を服のように身につけた小人が入っていた。不思議なことにその姿は、女のようであったり、子どものように見えたり、獣の姿に変わったり。おかしくてたまらないといった様子でくすくすと笑っている。


「妖精じゃないか!」


 ほんものの妖精をみた者はほとんどいない。むかしは街や村の近くの森や湖でその姿を見ることができたが、いまでは姿を消してしまってから久しい。


「やっぱりそうか」

「どうやって手に入れた。売れば、しばらく遊んで暮らせるんだぜ」


 ぼくは情報屋。あらゆる情報に価値をつけて取引するのがぼくの仕事だ。ほんものの妖精の価値は、10万Gを下回ることはない。


 しかし、ソーマ・ルースはおもむろに鳥籠の小さな扉を開けると、くるくるととその様子を変化させる不思議な小人を外に出し、空中に放った。あっという間もなかった。くすくすという笑い声を残し、妖精は溶けるように姿を消してしまった。


「せめてママのところへ帰れよ」


 ソーマは妖精を失って、ぼくは彼が妖精を捕まえる物語を手に入れた。



 冒険者ソーマ・ルーンスが受けた依頼クエストは、教団が戦場に派遣する済民旅団に参加することだった。戦争で住む家を失った難民や、病気やけが、食糧不足に困っている人たちの支援と救済に当たるのが旅団の任務だが、教団の聖衣に袖を通しながらソーマはその胡散臭さに気づいていた。


 それは、悪評高い冒険者ギルドの連中が大勢旅団に加わっていると分かったからだ。およそ難民の支援活動になど興味がなさそうな荒くれ共が、聖衣を身につけて嬉々としている。ギルドとは付かず離れずの関係を保ってきたソーマには異様な光景としか見えなかった。


 ソーマの参加した旅団は、戦場となって荒廃した街や村に入って住民の支援活動に当たった。焼けた建物を再建したり、傷ついた人たちを治療したりするのがその任務だが、ソーマたち冒険者の一団は種を蒔いた。焼け野原となった街から難民を立ち去らせ、更地にして種を蒔くのだ。難民となった人たちの食糧となる穀物――ではなく、それは花の種だった。必要なのは難民に配付する食糧のはずだが、蒔いたのは花の種だったのだ。


 種が芽を吹き、花が咲くまでの間に何人もの人びとが飢餓のために死んだ。その数は戦争で死んだ人の数よりも多かった。旅団はその新しい墓標の上にも種を蒔いた。


 やがて旅団の蒔いた種は成長して花を咲かせる。その花は夜に咲くと聞いた。荒くれの冒険者たちは、その夜のために聖衣を脱いで武器を磨いた。ソーマはそのときになってはじめて、自分の蒔いていた種が「妖精の花の種」であったことを知った。


 妖精の花は、地面から死んだだ子どもの魂を吸い上げて妖精という花を咲かせる。世の中から子どもが減り、妖精が希少となったいまの時代、妖精は好事家の間で高値で取引されている。買うのは王族や貴族、神官といった金持ちたちで、それを売りつけるのは冒険者ギルドという構図だ。ギルドは死者を肥料に妖精を栽培していたのだ。


 花が一斉に花弁を開く新月の夜。手に手にたいまつを持った冒険者たちによる妖精狩りがはじまった。花が開くと暗闇に燐光を放ちながら空中に飛び立つ妖精を集めるのだ。生まれたばかりの妖精は小さく弱々しい。これを捕まえるのは、昆虫を捕えるより易しかった。


 冒険者たちは花畑に殺到すると、われがちに妖精を捕まえはじめた。子どもの魂をもつ妖精は遊んでもらえるのが楽しいとばかりに冒険者の周囲を飛び回る。冒険者は寄り集まる妖精を虫取り網で集めればよいだけだ。妖精は、背徳の嗜好品となる自身の運命も知らず、ママ、ママと嬌声をあげながら捕えられてゆく。


 資金源としての妖精を捕まえるリスクは、このだ。妖精の花が開く夜には魔界と現実との間にある扉が小さく開く。妖精の女王ティターニアを迎え入れるために。


 妖精の花畑では、妖精を守ろうとするティターニアと妖精を集めようとする冒険者との間で熾烈な戦いが夜を徹して行われる。低位の魔神であるティターニアは、不死身の体と手のひらに口のある6本の腕を持つ。一度に6つの呪文を詠唱するティターニアの魔法力の前につぎつぎと冒険者が倒れてゆく。夜が明ける頃には、花を失った花畑に冒険者の死体が延々と折り重なるという光景が現れる。


 新月の夜が訪れるたび、聖衣に欲望を隠した冒険者たちの宴が繰り返された――。



 ソーマ・ルーンスは、腕利きだが冒険者としては甘い男だ。せっかく手に入れた妖精を空に放して10万Gをふいにする程度には。


 いいさ。ぼくは情報屋だ。ソーマから聞いたこの物語を売ることにしよう。そうだな、こういうタイトルはどうだ――。


『妖精狩り』


(了)

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