ようせいがみえる
蒼月 紗紅
確かにようせいだった
夜の十時半。長い長い残業を終えて帰宅した俺は、それでもなお終わらなかった残りの仕事を片付けるべく、既に満身創痍のまま机に向かおうとしていた。そのときだった。
――なんか羽根が生えたちっちゃい生き物のようなものが部屋でふよふよと飛んでいるような気がする。
……ドアを開けたときに虫が一緒に入ってしまったか。うわぁ、嫌だな。なんてブツクサと呟きながらもとりあえず外に逃がしてやろうとソイツの方をチラッと見た瞬間。
俺は思わず、近所迷惑になるんじゃないかってくらい大きな悲鳴を上げた。必死に逃げようとして腰を抜かし、ついでに尻もちをついた。
――よく見たら人間のような顔が着いてるし、胴体もある。そして、綺麗な半透明の羽根が生えている。
なんだこれ、幻覚? もしかして見えてはいけない物が見えてしまっている感じ?
最近、仕事ばかりであまり良い睡眠をとれておらず、疲れが蓄積される一方だとは思っていたが、遂に俺もここまできてしまったか。
「あのぅ、一体どちらさまでしょうか……?」
話しかけてどうにかなるものなのかというツッコミはさておき、まずは声をかけてみる。するとこちらに気づいたのか、くるっと振り返る妖精(ということにしておこう)。しかしそいつは俺のことをじっと無言で見つめた後、興味無さそうにまたそっぽを向いてしまった。
……まあいいや。今はそんなことに構っているヒマは無い。明日までにやるべきことはまだまだ残っているのだ。さて、さっき自販機で買ってきた缶コーヒーでも飲みながらまずはパソコンを立ち上
「へぶっ!?」
瞬間、頭に走る激痛。危うく口に含んだコーヒーを紙の資料に向かって吹き出すところだった。何が起こったのかよく分からず頭上を見ると、そこには俺の頭をまるでトランポリンかのようにして飛び跳ねる妖精の姿があった。
「こいつ……この資料が汚れたらどうなるのか分かってんだろうな?」
俺が物凄い剣幕で注意しても、よく分かっていないのか何処吹く風の様子。それどころか、楽しそうに羽根を動かしながら鱗粉のようなものを撒き散らしてきた。
「ぶぇっくし! お、おまえ、いい加減にげっほげほ」
鼻と喉に入ってしまったのか、咳とくしゃみが止まらない。鼻水も延々と垂れてくる。俺はアレルギー持ちなんだ。こんなことをされたらたまったもんじゃない。
なんとかしてこいつをひっ捕らえようと、俺はクローゼットから上司と釣りに行くために買ったはいいが長らく使っていなかったタモ網を引っ張り出し、構えた。
しかし相手は思ったより素早かった。そんなの効かねぇよと言わんばかりにヒョイとかわしていく。そしてその度に鱗粉を撒き散らす。
鱗粉のせいで足を滑らせて、俺は派手にすっ転んだ。……起き上がろうとしたが、なぜか体が動かなくなり、そのまま意識を失った。
*
――翌朝。日の出とともに目を覚ました。俺は、遊び疲れたのか一向に起きる気配の無い妖精を睨みつける。結局終わらなかった仕事のことを考えると絶望しかないが、今はそれどころじゃない。
……この一連の出来事はどう考えてもおかしい。同僚に話したら本気で病院を勧められるだろう。まさか、こんなことを考えたくもないが、なんか脳に異常でもあるんじゃないか。
そう思うと急に不安になってきた。どうしよう。とはいえ、行くとしたら何科になるんだ? 脳の異常なら脳外科? いやしかしこんな支離滅裂なことを話してもマトモに取り合ってくれないだろう。なら心療内科? でもなんか違う気がするんだよな。
……もう分からなくなってきたので、とりあえずすぐに行ける近所の内科にかかることにした。
*
触診と様々な検査をしてもらった後、医師は俺に向かってこう告げた。
「あぁこれは。ようせいですね」
「えぇ!? ようせい? 実は俺、昨夜から妖精のようなものが見え」
「インフルエンザA型、陽性ですね」
「え、あ、……インフル?」
「ちょうど流行ってますからね。熱も高いですし、解熱剤も処方しときますね。お大事に」
わずか20分程度で診察は終了した。――俺はただ、医者の前で妖精が見えるなどと口走っただけのヤバい成人男性になってしまった。
*
処方された薬を飲むと、妖精の姿はすぐに見えなくなった。
……後から調べて知ったことだが、俺は熱性せん妄を発症していただけらしい。
高熱が出ると幻覚や意識の混濁を引き起こすものだ。基本的に子どもにみられるものだが、稀に大人でもなる人がいるとのこと。
ちなみに頭痛や止まらないクシャミと咳と鼻水は、思い返せばただのインフルの症状だった。いやある意味、『ようせい』のせいだったな。
ようせいがみえる 蒼月 紗紅 @Lunaleum39
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