さくら組の妖精ちゃん

双瀬桔梗

さくら組の妖精ちゃん

 とある保育園の、『さくら』組の教室には人間嫌いの妖精が棲みついている。チョコレート色のブーツを履き、黄緑のワンピースを着た、ピンクのロングヘアの名もなき妖精が……。


 彼女は妖精の世界で悪さをし過ぎた。だから名を奪われ、追放された後に人間界のそこから離れられないように、魔法で縛りつけられた。その場所が選ばれた理由は特になく、妖精の王の気紛れだ。


 人間には妖精の姿が見えず、声も聞こえない。妖精は人間やこの世界の物に触れられない。それゆえ、妖精は悪戯ができず、彼女が何を言っても人間は無反応だ。妖精はそれが面白くなくて……だから彼女は人間を嫌っている。



 ある日の夕暮れ時、妖精の姿が見え、触れ合う事のできる少女が現れた。


 ここ最近、妖精は教室の隅でふて寝をしている事が多い。けれども、この日は久々に教室の中を、自由に飛び回っていた。すると、一人でお絵描きをしていた少女が、いつの間にかじっと、妖精を目で追っている事に彼女は気がつく。


 妖精は少女の目の前まで下りていった。


 少女は大きな瞳で妖精を見つめる。そして不意にニコッと笑い、妖精に手を差し出した。

「わたしとおともだちになろ?」

 少女のその言葉に、妖精は胸が躍り、彼女の手にそっと触れた。


 その日から妖精と少女は夕暮れ時に、よく遊ぶようになる。

 お母さんの迎えが遅く、友だちは皆帰ってしまい、他に残っている子達の事は知らないから……夕方はずっと一人で遊んでいた。けれど、今は妖精ちゃんがいるから、もう寂しくないと。少女は笑顔でそう言った。


 妖精は少女の純真さに心惹かれ、彼女と過ごす時間を目一杯に楽しんだ。

 あまりにも楽しくて、もっと遊びたくなった妖精は夕方以外も時々、少女にちょっかいをかけるようになる。


 妖精の行動に少女が反応すれば当然、友だちや先生が怪訝そうな顔をした。それでも少女は一切、気にせずに妖精の悪戯を笑って受け止める。


 少女のおかげで妖精は少し人間が好きになった。けれども数年が経ち、少女がもうすぐ卒園してしまうと知ると、妖精はまた人間の事が少し嫌いになる。


「もう会えなくなっちゃうの?」

 卒園式の日、妖精は少女に問いかけた。

「おおきくなったら、ほいくえんのせんせーになって、またあいにくるよ」

 だけど、妖精は少女のこの言葉を信じて、人間の事を少しだけでも好きなままでいようと思った。




 それから長い月日が流れ、保育園に新しい先生がやってきた。


 妖精はその先生に少女の面影を感じた。本当にまた少女に会えたと思い、嬉しくなって先生に飛びつく。だが、妖精は先生の体をすり抜けてしまう。


「あ、あれ……? ねぇ……また、あたしと遊びましょう……?」

 その事に妖精は驚きながらも、先生に声をかける。けれども先生は妖精の姿が見えていないようで、何も反応を示さない。


「ねぇ、聞こえないの……? ねぇってばっ……!」

 何度、声をかけても先生は妖精の存在に気づかない。それでも妖精は声をかけ続ける。だが結局、妖精の声が先生に届く事はなかった。


「……やっぱり人間なんて大っ嫌い。でも……」

 妖精はそこまで言って、先生の方を見た。


 先生は誰もいない『さくら』組の教室に、壁面飾りを貼っている。その中には妖精にそっくりな壁面飾りもあった。


 先生は作業を終えると、少し切なそうな表情を浮かべて、教室の中を見渡す。


(あなたの事は大好きよ。例え、あたしの姿が見えなくなっても……)


 妖精はをじっと見つめながら、心の中で寂しそうに呟いた。



【終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

さくら組の妖精ちゃん 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ