今更「魔法少女にならないか?」と言われても

独立国家の作り方

魔法少女の素質

 三十路みそじを過ぎた翌日、私の目の前には妖精がいた。


 ・・・・ああ、この歳で妖精見ちゃったよ。


 見た目は、何と言うか「子猫の精」みたいに可愛い。だけどわかる、これの心は見た目ほど可愛くない。

 舐めるなよ、これでも社会人8年目の独身女だからな。

 だって、こいつまばたき一回もしてないもん! これ「まどマギ」で見たあの猫キャラと絶対同じタイプのやつ!

 そりゃさ、子供の頃はこう言うの好きだったけどさ、なんで今なわけ?

 結構、待ってたんだよ・・・・あんたみたいなやつが来るの。

 そして、言う訳よ「魔法少女になりませんか?」とかさ。


 いや、言うなよ! 今更言われたって困るからさ。私もう30過ぎたんだからな!


「お前、魔法少女になれ」


 だから言うなって! 思っている傍からそれ言うなよ!

 ってか、言い方!

 魔法少女になれ、って命令? 私に命令?

 それも私の事、「お前」って、彼氏かって・・・・彼氏いないけどさ。

 

「お前、魔法少女の素質ある」


 いやいやいやいや、褒めたって駄目だぞー! 素質とかさ、言われるとさ、ちょっとはトキメいちゃうじゃない。

 そりゃね、多分、他の人よりは、頑張りましたよ、魔法少女になりたかったから。

 魔法少女になったら、きっとバトンとか出来なきゃダメだろうってさ、新体操部に入ったのも、実はそれが理由だったし。・・誰にも秘密だったけど。

 呪文だって色々覚えたんだから。それこそ新しい魔法少女が出る度に、色んなやつ、片っ端から。

 どんな悪が出て来ても、私なら大丈夫だって自信があった。

 一所懸命にイメージトレーニングして来たから、私は絶対に負けないって自信がある!

 そうか、この変な妖精は、そんな私を見てきたから、魔法少女の素質を見出したんだわ。


「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、私ってそんなに魔法少女の素質があるの? 何か特別な能力・・が、あるとか?」


「うん、お前、凄い素質持ってる」


 おお、最初は何だこいつって思ったけど、そう言われると悪い気がしない。なんでもう少し早く来ないかな、30歳超えちゃったよ。


「素質って、どんな?」


「お前、その年で固定資産税たくさん納めてる」


 ちょっと待て! いきなり税務の話から入るのか、このクソ妖精様は!

 大体、なんで知っている? 去年マンション買った事実を、どうしてお前ごとき妖精風情が知っている?

 税務署か? お前、税務署の回し者か? なんなら、さては税金の妖精だろ、お前!

 ええ、買いましたよ、買いましたとも! なんとなく30歳超えて彼氏もいなければ、不動産で安心したいって心理が働く訳よ! 買いましたよ、マンション! 35年ローン! もはや一人で生きて行く覚悟を決めましたよ! 悪い?


「あのさ、税金沢山納めている人なんて、私以外にも大勢いるでしょ! なんで私?」


「お前、税金沢山納めてて、彼氏もいない・・・・だから、耐えられるかなって」


 かなって、じゃねえよ! これから私は何に耐える予定なんだよ!

 それ、絶対に可愛くないやつだろ!

 

「ねえ、はっきり教えてくれない? これからどんな試練が待ち受けているの?」


「まず、30歳過ぎてから、あの衣装は勇気が要る。それで悪と戦うって、露出度も高いから」


 いや、もうちょっと正義感的な何かかと思ったけど・・・・生々しいな、その試練は。

 まあ、変身しちゃえば、流石に会社の人にバレることもないのか・・・・いやいや、私は何を考えているんだ、危なく口車に乗ってしまう所だった! やるな、妖精!

 

「ねえ、流石に私、仕事もあるし、悪と戦うって言われても具体的にどうしたらいいか解らない。だから今回は無かったことに・・」


「大丈夫だ、お前、メンタル強そうだし。それに契約に納得が行かない場合も、7日以内なら解約出来るから」


 あー・・・・、クーリングオフ利くんだ。

 魔法の世界も大変なんだな色々。

 そうか、解約できるのか・・・・

 魔法少女モノの、一番のネックはクリアしている(?)。ならば、ちょっとお試ししても良いのでは?・・・・いや、良いのか?


「お前、いま心、揺れてる。ならばなってしまえ、魔法少女に!」


 追い込みが雑だなー 妖精! 営業向きではないな、こいつは。

 だけど、どうして今なの? なんでもう少し早く来てくれなかったの? せめて大学卒業前なら、こんなに悩まなかった!

 でも私、会社でも結構な役職に就いてるから、忙しいのよね。


「私、もし悪の帝王とか来ても、仕事優先だけど大丈夫なの? それじゃダメだと思うんだ。だからやっぱり別の人が・・」


「大丈夫だ。その辺のシフトは、こちらでしっかりと管理しているし」


「え? シフト? あー、そう言う感じ? 魔法少女って・・」


「そりゃそうだろ、小学生とか中学生が授業中に学校抜け出せると思う? 文科省敵に回してやってけないでしょ。そう言う所、もうちょっと大人にならなきゃ」


 ・・・・こいつに大人を説かれるとは思わなかった。

 なんだか、ちょいちょい零細企業みたいな事言うのが気になるんだよね、この妖精は!

 それと今、小学生とか中学生とかって言ってたけっど、やっぱり魔法少女って・・。


「ねえ、今、小学生や中学生が、授業がなんちゃらって言っていたけど、魔法少女って、やっぱり小中学生がやるべきなんじゃない? 私じゃダメなんじゃ?」


「・・・・」


 いや、黙るなよ! そこで黙られたら、こっちの立場ってもんが無いだろ! 大体、小中学生でなれるなら、固定資産税とかどうでも良くないか?

 なんだか胡散臭いんだよなー。


「胡散臭くはないよ。それは君次第だ」


 ってか、私の心を読むんじゃない!

 それに、急に私の事「君」とか言い出したぞ。これは追い込むつもりだな? さては。

 大体、君次第なんて、詐欺っぽいいじゃない!


「私次第って、どう言う事よ」


「小中学生ってさ、20時以降に外出とかしていると親御さん心配するでしょ、だから、20時から24時までのシフトって事で」


 なんだか夜のバイトみたいだな・・。

 それでシフト制?

 

「大丈夫です、あなたのような女性、大勢いますから」


 口調が変わってる! 口調が!

 やめろって、益々夜のバイトっぽいだろ、中途半端に優しくするんじゃない!

 それでも、妖精が言う通り小中学生を20時以降に魔法少女させるのって、ちょっと心が痛い。

 20時から・・・・


「それと、20時からのシフトは時給も高い時間帯ですから安心です!」


 だからその言い方やめろ! 逆に怖いわ! え? 高いの? 20時以降? 魔法少女なのに? ってか、魔法少女って、時給制なの? 労働なの?


「あ、でも雑収入扱いなので、確定申告は行ってくださいよ、社会人なんだから」


 やめろ! もう税金の話はやめろ! 現実に引き戻すんじゃない!

 安心させようとしているのか、不安にさせようとしているのか、一体どっちだ?!


「あ、ちょっと・・・・今、悪の化身が都内に現れたので・・・・交渉は延期です」

 

「え? 大丈夫なの? 今動ける魔法少女は?」


「・・・・いません、なのであなたと交渉していたんです」


 そんな・・そんな事情で交渉していた?

 あの口調で? 

 私の事、「お前」って言ってて? 

 こんなに大変な状況を? 

 この妖精、凄いな、「はがねのメンタル」かって。


「仕方が無いわね、今回だけ、今夜だけなら引き受けてもいいわ、でも、本当に今回だけよ」


「おお! 本当ですか? なんて・・・・あなたはまるで菩薩ぼさつ様だ」


 例えがシブいな! 何だよ菩薩ぼさつって! 今時の女子それじゃあなびかないぞ!

 まあ、それでも、この妖精が見せた今日一番の笑顔に、私はもう、それでいいやって思えた。

 誰かの幸せのために、魔法少女がいるんだと思うから・・。


「よし、それじゃあ、これからボクが言う呪文を唱えて、魔法少女に変身だ!」


「わかったわ! で呪文は?」


「أتعهد بأن أصبح فتاة ساحرة. أقسم أنني لن أهدأ.」


 いや、解んねーよ! なんて? 今、なんて?

 大体、なんで外国語? え? どこ語? なに?


「ちょっと、それ、何て言っているの?」


「アラビア語で、『魔法少女になることを誓います。クーリングオフはしない事を誓います。』だよ」


「お前、マジぶっ飛ばすぞ!」


「ほら、恥ずかしがらずに!」


「恥ずかしくて怒っているんじゃねえ! 内容の方! せめてクーリングオフは機能させろ!」


「細かい事を気にするんだなあ、君は。じゃあ、أتعهد بأن أصبح فتاة ساحرة.ね」


「仕方がないわね・・・・أتعهد بأن أصبح فتاة ساحرة.!」


 本当にこんなんで変身なんて、と私は思ったが、次の瞬間、私の身体は光に包まれた。


「え? えええ? これは!」


 部屋を飛び出した私は、東京都内のど真ん中で、まだ20時と言う人通りの中で、変身・・・・する前のプロセスに入った。


「ちょ、ちょっと、ナニコレ! キャー・・・・ってか、 ギヤァーー!!!!」


 この魔法少女は、変身の際、一度全裸になるタイプらしく・・・・私は都会のど真ん中で全裸を曝け出す羽目になった。


「ちょっと、ねえ、ちょっと! こんなの聞いてないんだけど!」


「そりゃあ、言ってないからね。契約書も交わす前だから。間々あるよ、こう言う事ってさ」


 なに呑気な事言ってる! ってか、裸でいる時間、長くない? そう思っていたら、これがまた、なんともゆっくりと魔法少女の衣装が私に巻き付いてくるではないか。


「ちょっ、早く! 早くー! 足とか腕とかは後回しでいいから! 先に体! 体ー! ボディー!!」


 結局、変身には2分もかかった。

 下界を見ると、悠々と写メで動画撮ってる塾帰りの男子中学生と目が合った。

 ・・20時大丈夫じゃん! 中学生イケるじゃん!


「はあ、もうお嫁に行けないよ・・」


「え? だってお嫁に行く予定が無いから、不動産を買ったんだろ?」


「おまっ、お前! それで固定資産税で私を選んだのか!」


 なんて事だ。何だか本当に悪徳な夜のバイトに引っかかったように感じる。

 人のいないビルの窓に映った私。それでも本当に魔法少女になった自分を見て、実は少しだけ嬉しくなった・・・・少しだけ。


「あれ? でもちょっと待って、中身がそのまんまじゃない? ねえ、30歳の誕生日を迎えた私が衣装を着ているだけじゃない?」


「何を期待しているんだよ? 当たり前じゃないか、まさか中身まで少女になろってんじゃないだろうね、まったく性根の腐った女だよ、あんたって人は」


 こいつ! 急に吉原の女将おかみみたいな口調で! ってか、変身したら誰にもバレない的な考えが甘かった! これじゃあバレバレだよ、単に私が深夜にコスプレしているだけだよ!

 大丈夫かな? 意外とここ、会社近いんだよね。


「ねえ、それで悪の化身ってのは、どこなの?」


「あそこさ!」


 すると、その悪の化身は、いかにもさっき契約しましたって感じの棒読みで私にこう言った。


「はははー、あらわれたなー、魔法少女よー、覚悟するがいいー」


 ・・・・恥ずかしいんだろうな。見ればあちらもパッとしない30代半ばくらいの男性だ。

 かたわらには、やはり変な動物が一匹・・・・あれも妖精なんだろうか。

 御気の毒にな。あの人も絶対20時~24時枠の人なんだろうな。

 こんな出会いじゃなくて、合コンとかならその後の進展があったかもしれないけど・・。

 そう思いつつ、今は成り切ることにした、魔法少女に!


「どうしてこんな酷い事をするの? お願い、街の人を傷つけないで!」


 あー、何言ってんだ私。

 それでも、少し顔を赤く染めた悪の化身君・・・・ありゃ絶対、魔法少女モノ大好きおじさんだな。


 そう思ったら、なんだかもうちょっと魔法少女に成り切ってあげるか、と言う気になった。

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今更「魔法少女にならないか?」と言われても 独立国家の作り方 @wasoo

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