見掛け倒しの落ちこぼれ

柚城佳歩

見掛け倒しの落ちこぼれ

王都にある国立魔法学校。

歴史のある校舎だけでなく、毎年優秀な魔法師を輩出している事でも有名な名門校だ。


名門なだけあって、倍率は毎年二十倍にものぼる。

その狭き門をめでたく突破した学生は、ここで三年間のカリキュラムを学ぶ事になる。


一般的な文学や算術、魔法史などの座学はもちろんだけれど、魔法学校らしい授業といえばやっぱり魔法の実践授業だろう。

中でもこの学校の特徴とも言える独自の授業というのが、妖精とペアになっての実践授業だ。


妖精の魔法は、人間の使うものとは少し違う。

人と妖精、それぞれの魔法が重なった時、より強力な魔法となったり、全く別の新しい性質の魔法が生まれたりする事もあるらしい。


開校当初からある骨董品、もとい初代校長が人魚の涙を集めて形にしたという眉唾な逸話のある水晶に魔力を流し込むと、自分と一番相性の良い妖精と繋いでくれる。ここで相手の妖精が応えてくれれば契約が成立となる。


当然ながら、呼び掛けに妖精が応えてくれない事もある。彼らはとても気紛れで、縛られる事を好まない種族もいるからだ。

応えてくれる妖精がいなければ、如何に本人が強く希望していようと、この授業に参加する事は出来ない。


だからこの授業に参加しているというだけで、憧れの的、だったりするのだけど……。


「今日の補習もダリアとスピネルだ。放課後、実習室に来るように」

「はーい……」


授業終わりのチャイムが鳴り、他の皆は足取り軽く教室から出ていく中、私は今日の課題となった“種”だったものを恨みがましく見つめていた。


「先生、やっぱりあの水晶壊れてるんじゃないですか?それかもう効力切れちゃってるとか」

「だからそれはないと言っているだろう。もうこのやり取り何十回目だ?他の奴らは何の問題もないように見えるが?」

「何十回でも言いたくなりますよ!だったらなんで私たちだけこんなに毎回上手くいかないんですか!」


今日の課題は配られた種に魔力を流し、発芽、成長させるというものだった。

他の皆は順調に成長させ、花まで咲かせているペアまでいたというのに、私とスピネルの種はというと、魔力過多により爆散し粉々になってしまった。


「ポテンシャルはクラス一、いや、歴代一かもしれんのだがなぁ」


妖精、と一口で言っても、種族や姿形は様々だ。

ただ基本的に、人間と同じサイズになれる妖精は力が強いと言われている。

私と契約したスピネルは、一見すると人間と変わらない。妖精の存在を知らない人が見たら、人間としか思わないだろう。


だからスピネルが現れた時には、クラス中が騒めいた。斯く言う私も、最初は驚きのあまり声が出なかった。

それは見るからに力が強い妖精というだけではなく、容姿のせいもあったと思う。


一言で表すならば、眉目秀麗。

すらりと伸びた長い手足に、夜を閉じ込めたような深みのある長い髪。

怜悧そうな印象通り、言動も落ち着いている……かと思えば、些細な事ですぐに熱くなる一面もある。

スピネルと並んで歩いている時、羨望や嫉妬の眼差しを感じたのは一度や二度ではない。


自分で言うのもなんだけれど、私は生まれつき魔力量が人より多かった。

この保有魔力量で入学に至ったと言っても過言ではないかもしれない。


だから、スピネルと魔力の相性が良いというのはわからないでもない。

先生の言葉通り、ポテンシャルだけで言うのなら、私たちが歴代一位というのも強ち冗談でもないとは思うけれど、今のところ授業でそれを体感した事は一度だってなかった。

寧ろ、“見掛け倒しの落ちこぼれ”と揶揄される事の方が多かった。


「可能性の話じゃなくて、在学中の身としては今、この瞬間、無事に単位を貰えるかどうかの方が大事なんです!」

「そう思うのならもっと魔力を上手く扱えるように努力しろ。二人とも魔力量の多さに頼ってコントロールが雑なんだよ」

「ゔっ……」


図星を指されると反論が出来ない。


「スピネル。いつも言ってるけど、もうちょっと私に合わせてくれてもいいんじゃない?」

「ダリアが俺に合わせればいい」

「毎回あなたの魔力量に合わせてたら、こっちの体力が持たないのよ!それについさっき“コントロールが雑”って先生に言われたばかりじゃない」

「仕方がないだろう。俺は魔力を一気に放出する方が得意なんだ。こんなちまちました作業は向いてない」

「私だってそうよ!だから協力して頑張ろうって話でしょ」


全く、どうしてこうも息が合わないのか。

人間と妖精。お互いの魔法を上手く合わせられれば、通常の何倍もの効果を発揮するはずなのに、私たちは未だ成功には至っていない。

何か感覚を掴むきっかけさえあれば……。




どうにかこうにか種を爆散させずに発芽させ、補習で及第点を貰った翌週。


「今日のテーマは炎だ。言われんでもわかっているだろうが、コントロールはいつも以上に慎重に、充分気を付けてやるんだぞ。特にダリアとスピネル。頼むから校舎は燃やしてくれるなよ」


私たちが名指しされるのは仕方がない。

結構な頻度で爆発を起こしている自覚はある。

でも今日は魔法で火を起こし、色や形を変えるという内容だ。

私とスピネルにとっては、小さな種に魔力を込めるより得意分野と言える。


万が一にも校舎に飛び火しないように、この日の授業は屋外の、それも校舎からは離れた場所で行われた。

周りに建物はないけれど、いくつも木が生い茂っている。こんなところで先週みたいな爆発なんて起こしたら洒落にならない。より一層慎重にいかなければ。


「スピネル、今日こそ一発合格目指すんだからね!」

「無論だ」


目を閉じて意識を集中する。

ゆっくり、ゆっくり、ほんの少しずつ魔力を流し込むイメージで。


いざ始めようと杖を構えたと同時、誰かの悲鳴が聞こえた。

一瞬、また私たちが爆発させてしまったかと思ったけれど、そもそもまだ魔力すら流していない。

じゃあ何が?原因はすぐにわかった。


早々と火を起こしたペアが、火を大きくしようとして失敗してしまったらしい。

しかも運悪く服に飛び火し、慌てて脱いだものが更に近くの木に飛び火。

あっという間に大きな炎になっていた。


「あ、あっ……」


火を起こした本人は軽くパニックになっている。

先生はすかさず動いて避難誘導と消火に回っているけれど、火はすぐには消えそうになかった。


咄嗟に横を見る。スピネルと目が合った。

その一瞬でお互いの考えが同じとわかった。

空に向かって高く杖を構える。


お願い、火を消せるくらいの大量の水を降らせて!


何の合図もないのに、魔法を放ったのはスピネルと同時だった。

大気中の水がものすごい勢いで頭上に集まってくる。水は渦を巻いて、見る間に辺り一帯を覆い尽くすほど大きくなっていった。


「行っけぇぇぇぇえ!」


大量の水が空中からどばっと放たれる。

辺り一面雨雲どころか滝が通り過ぎたかのような超局地的豪雨状態となった。


「ふ、ふふっ。やれば出来るじゃん、私たち」

「当然だろう」


そう言ったスピネルの顔もいつになく嬉しそうだ。

びしょ濡れになりながらも初めて感じた達成感。

なんだか今、コツが掴めた気がする。

魔法を重ね合わせるってこんなに面白いんだ。


「ダリア、スピネル!今回は助かった。助かったが、お前たちは加減ってものを知らないのか!引き続きコントロールの練習に励むように!」

「はい!」


可能性は未知数。もしかしたら歴史に名前だって残せちゃうかもしれない。


「スピネル、これからもよろしくね」

「後れを取るなよ」


私たちの未来はまだまだこれから。

どこまでも広がっている。












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