妖精について

吾妻栄子

妖精について

「半神半人の美少女」

 これが子供の頃に読んだギリシア・ローマ神話に関する本に載っていた妖精の定義だ。

 確かに美少年ナルキッソスに恋して最後は声だけの存在になってしまうエコーなど神話に出て来るニンフは人にも神にもなり切れない可憐だがどこか未熟な美少女のイメージだ。

 だが、子供心にも疑問が芽生えた。

「ニンフは年を取ったら何になるの?」

 前述のエコーは年を取る前に声だけの存在になってしまった。

 ニンフ一般ももし老いたり醜くなったりすれば妖精とは別な存在になるのだろうか。

 それとも半分は神である以上、エコーのような上位にある神から呪いを掛けられたり愛する相手を失う致命傷を負ったりしない限りはニンフは何年経っても美少女のままなのだろうか。

 ギリシャ・ローマ神話以外で有名な妖精というと「ピーター・パン」のティンカー・ベルが挙げられるだろう。

 ディズニーアニメに出て来る、レースじみた透き通ったはねにバレエのチュチュじみた衣装を纏った華奢な人形大の美少女。

 これは日本人の中でも一作品のキャラクターを超えた「妖精(fairy)」のステレオタイプとして定着している。

 なお、原作小説ではティンカー・ベルのような妖精は「ピクシー(Pixie)」と呼ばれている。

 更には物語の末尾で大人になったウェンディがピーター・パンに再会する頃にはもうティンカー・ベルは寿命を終えており、

「ピクシーっていっぱいいるから覚えてないよ」

と最愛のピーター・パンからは忘れ去られているという残酷な描写もある。

 だが、ここにもエコーと同じくあどけない美少女から老いずに死滅するイメージが永遠の少年であるピーター・パンと対照させる形で読者の中には喚起される。

 先ほどティンカー・ベルが日本人の想起する「妖精」のステレオタイプだと述べたが、著名人で「妖精(みたい)」と形容されるのもバレリーナ的な華奢な体形かつあどけない風貌の美(少)女であるように思う。

 「小妖精」と呼ばれていた頃の女優の加賀まりこの写真を観ると、円らな瞳もあどけない華奢な美少女である。

 日本メディアに「白い妖精」と綽名されたルーマニアのナディア・コマネチも華奢な体に白いレオタードを纏った当時十四歳の体操選手であった(むろん、こちらの『妖精』には東欧の共産主義圏でもソ連のような大国ではなくルーマニアという当時の日本人にとっては秘境的な小国から来た異邦人であるという若干の差別心も反映されているだろう)。

 一般に美人と評価される容姿でも男性に伍す長身であったりいわゆるグラマーな体形だったりすると他はともかく「妖精」という賛辞だけは与えられない感触がある。

 だが、何よりも「妖精」に求められるのは若さというか幼さだろう。

 妖精に纏わる事件として有名なのは一九一七年にイギリスで起きたコティングリー妖精事件が挙げられるだろう*1

 これは従姉妹同士である十六歳と九歳の少女が絵本の妖精の絵を切り抜いて近くの森で撮影した写真が「本物の妖精を映したもの」として話題を呼び、「シャーロック・ホームズ」シリーズの産みの親である作家のコナン・ドイルまでがその信憑性を支持した事件である。

 結局、撮影した少女二人が年老いてから捏造であることを自ら告白して解決した事件だが、撮影された写真を観ると紙絵本の切り抜きの妖精たちよりもまず被写体として映っている少女二人の可憐さに目が行く。

 少女たちの捏造した写真の出来そのものよりもまず本人たちが妖精のような美少女だったからこそ多くの人が信じたのではないだろうか。

 さて、先ほど「妖精」と称賛された著名人として加賀まりこの名を出したが、彼女は四十代の私が子供の頃にはもう中高年でテレビに出て来ると自我の強い言動を周囲から微妙に揶揄される扱いの人だった。

 個人的には彼女その人よりもいちいちその言動を「怖いオバサン」として冷笑的に扱うミソジニックな空気がうっすら嫌だった記憶がある。

 子供の目にも

「この人は若い頃は綺麗だったのでは」

「というより、今もオバサンとしては綺麗な人だろう。とんでもなく太ったとか異常に老け込んでいるとかいう姿かたちではない」

と感じたので余計に嘲弄する扱いに反発を覚えた。

 男性で彼女と同じくらい知名度の高い俳優やタレントが不遜な言動をしても同じ扱いを受けるとは思えなかった。

 大人になってから彼女に関する記事をいくつか読んで、若い頃から奔放な言動で有名な人であり、そもそも「小妖精」というニックネームにも「世俗の常識に縛られない天衣無縫な女性」という意味合いがあったようだ。

 それが中高年を迎えると「怖いオバサン」という侮蔑的な扱いに変わったのである。

「もう若くない女だから同じ言動をしても美しくロマンティックな妖精としては扱ってやらない」

「妖精の内に人前から消えなかった女は屈辱的に扱ってやる」

 中高年以降の彼女への揶揄にはそんな残酷さが根底にあるように思う。

 だが、それは本当にその女性の本質を評価する態度として、その人らしさを認める社会として適切なのだろうか。

 「妖精」の魅惑的なイメージには惹かれる一方でそう考えるようになった。


*1 Wikipedia「コティングリー妖精事件」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%A6%96%E7%B2%BE%E4%BA%8B%E4%BB%B6,(2025-3-11参照)

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