妖精【KAC2025】
来冬 邦子
妖精かと思ったら妖怪だった
「妖精なんて本当に信じてるの?」
ひとつ年上の
「だって絶対にいないとも言えないでしょ?」
あたしは愛鈴を睨みつけた。
「いないったら、いないの!」
「証拠は?」
「ふふっ、証拠がないから、いないんじゃない。バカね」
愛鈴とあたしは海浜公園のシロツメクサの原っぱに仰向けに寝転んでタンポポの種を吹き飛ばしていた。空には鳥の羽のような雲が流れてゆく。
「いたら、どうする?」
あたしはイライラして叫んだ。まだ七歳のくせに何でも姉さん
「いたら? そうね、あたしのシルバニアファミリーを家ごと全部あんたにあげるわ」
「ほんとに?」
「ええ、ほんとに。そのかわり、いなかったら、
「ええー?」 あたしの大切なフェバリット(注1)を?
「なによ、自信あるんでしょ?」
愛鈴はポンと立ち上がると、スカートの土を払った。
「今日中に探してきてね。あたしは明日には帰るんだから」
「今日中?」
「あんたに見つけられっこないけどね」
愛鈴は意地の悪い笑い方をして、砂浜の方へ走っていった。
(注1 フェバリット …… 恐竜フィギュアの専門店 https://f-favorite.net/
******
春休みなので、愛鈴の家族が泊まりがけで遊びに来ていた。
昨日はみんなでディズニーランドに行って、今日は海浜公園に来てバーベキューをして、今はお休み時間。あたしの弟の
春先の日差しは弱々しいけど光が溢れている。
あたしは立ち上がって、ううんと伸びをした。そしたら。
足元に何か光るものが動いている。
背中がメタリックブルーのトカゲが綺麗な紫色のビー玉を鼻先で押し転がして通過していく。シロツメクサの茂みの中を転がすのは大変そうだ。
「手伝いましょうか?」
「ほんまですか? おおきにありがとさん。助かりますわ」とトカゲが言った。
「あ!」「あ!」お互いに口を押さえる。トカゲと目が合った。
「トカゲさん、もしかして、妖精さんですか?」
「はあ? いやいや。そんな洋菓子みたいなモンと違います。妖怪ですわ」
「妖怪?」
「わしは地元の妖怪でしてな。この水晶玉は天気玉、言いましてな、明日の天気を教えてくれるんですわ、あれ? 笑わんね。ドラゴンボール見てないね、この子は」
「どうやって覗くんですか」
トカゲは水晶玉に抱きつくようにして片目をくっつけた。
「こう、な、こう、ほら、片目を寄せて、な? ああ、明日は雪やね」
あたしもやらせて貰った。片目を近づけていくと……雪だ! 海に雪が降ってる!
「ほんとだ。すごい雪!」
「そうでっしゃろ? 今日のうちに暖かいところに避難せんと凍えて死んでしまうわ」
「妖怪でも死んじゃうの?」
「そりゃあ、死にまっせ。寿命は五百年がいいとこですわ」
「そうなんだ。良かったら、あたしの家に来ませんか?」
「有り難いお話やけど、お嬢ちゃんのおとんやおかんに妖怪アレルギーのある人おまへんか?」
「妖怪アレルギー?」
「妖怪が近くを通っただけでも顔にブツブツがよおけたくさん出ますのや」
「わかんないけど、あたしの部屋の隅に隠れてたら良いと思うよ」
「さよか。ほんならお邪魔させてもらいますわ」
わたしはトカゲの妖怪さんと水晶玉をポケットに入れた。
「こら楽ちんや。お礼をせんとあかんね」
「お礼なんて、要らないよ」
「ああ、やっぱり、ええ子や。ええ子に助けてもろたら、しっかりお礼するのが妖怪の掟ですねん」
「へえ、そうなんだ。ありがとう」
そのとき、愛鈴との約束が頭にひらめいた。
「妖怪さん、相談があるんだけど…」
「おお、お任せあれ」
あたしと妖怪さんが打ち合わせをしていると海風が強く吹いた。
「真珠! どこにいるの?」
ママが呼んでる。あたしはみんなのいる砂浜へ走った。
******
「ねえ、真珠。妖精見つかった?」
晩ご飯の後で愛鈴があたしの耳にささやいた。
愛鈴て、横から見ると目玉が出っぱってる。カエルみたい。
「見つかったよ」
あたしは見下す感じで愛鈴を睨んだ。
「うそ! 見せて、見せて!」
「あんたなんかに見せたくない」
「何よ、それ! 肉食恐竜シリーズがどうなってもいいの?」
「いいよ、別に。本物の妖精と比べたらガラクタだわ」
ごめん、フェバリット。本心じゃないの。ただこいつを思い切り凹ましてやりたいだけなの。
「そしたら本当の本物なのね?」
「本物だって言ってるでしょ!」
「ねえ、見せてよ! お願い!」
「そしたら秘密だからね。誰にも言ったらいけないんだからね」
「もちろんよ。あたしたち友だちでしょ?」
ただの従姉だけどね。
あたしは自分の部屋に愛鈴を連れてきた。トカゲの妖怪さんはポケットの中にいる。
「どこ、どこ?」
愛鈴があたしを突き飛ばすようにして中に入った。
今だ! あたしは部屋の照明を消して外に出るとドアを閉めた。
「ちょっと、なんで消すのよ。暗くて何も……キャー!」
中でドタバタ暴れる音がする。
「うそ! やだ! 助けてえ!」
愛鈴は悲鳴を上げ続けている。ちょっとかわいそうになってきた。
「そろそろ許してあげてください」
「ありゃ、もういいんでっか」
ドアを開けて照明をつける。トカゲさんがのんびりした声で「お疲れさんでしたー」と言った。わたしの横を見えない風がすり抜けざまに「お嬢ちゃん、面白かったよ。また呼んどくれ」とささやいた。
愛鈴が床に坐り込んでいる。真っ青な顔をしてブルブル震えていた。
よく見ると、顔中にブツブツができていた。
「どうかしたの-」 ママが心配して呼んでいる。
「なんでもなーい。ふざけてただけー。」
あたしは愛鈴の横にしゃがみ込んで、その耳に「誰にも言うなよ。祟りがあるぞ」とつぶやいた。愛鈴はコクコクうなずいて、みんなのいるリビングに逃げていった。
「ありがとう、妖怪さん。胸がすーっとした」
「いやいや。なんのこれしき」
「お友達を呼ぶって言ってたけど、誰を呼んでくれたの?」
「ちょいと、ろくろっ首をね」
「それは怖かったね」
あたしと妖怪トカゲさんは声をそろえて笑った。
妖怪がいてくれて本当に良かった。
了
妖精【KAC2025】 来冬 邦子 @pippiteepa
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