君は罪の名を知らず【KAC20253】

プロエトス

短編 「妖精の女王」

 愛するひとがいた。

 彼女のためなら何でもできると思っていた。

 彼女のしてくれることなら何だって幸せに違いないと信じていた。


 大宮殿の最奥さいおう、謁見の間へと続く大扉を開く。


「やはり、ここか! 女王!」

「ああ、待ってたわ。私の勇者」


 玉座で出迎えたのは、この世の者だとは思えぬ美貌の主だった。

 実際、人の世に属する者ではない。

 現実にはありえざる美のすべてが存在する幻想の世界・妖精郷。

 その支配者こそ目の前にいる女なのだから。


「これだけは聞かせてくれ。……何故、こんな……何故なんだ!」

「くすっ、何のことか分からないわ。でも、私のしたことなら理由は決まってる」


――あなたを愛しているから。


 予感した答えに私は愕然がくぜんと身を震わす。


「どうしたの? ……涙? ねえ、悲しまないで。大丈夫。もう無くなったのよ。あなたを悲しませるものは、みぃんな」

「父上……母上……」

「ええ、ええ、あの人たちは邪魔だったわよね。あなたの旅立ちを止めたりして」


 やはり、あのとき街を襲った魔物も……?


「この国の美しい人々は……」

「ふふ、安心して。あなたが王に相応ふさわしくないなんて言う不届き者はもういないわ。世界が滅亡間際にまで追い込まれた魔王をひとりで倒したんだもの。あれの召喚には苦労したけど、素敵なあなたを民にお披露目ひろめできたし、正解だったわね」


 人間界は消滅し、もはや生き残った人間は私をいて他にない。

 ここ妖精郷も無事ではなく、大宮殿の外は瓦礫がれきの山と化した。


「そうか。すべてはお前が……いや、私が招いたことか」

「……あなた?」


 私は腰から剣を抜き放つ。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 玉座が赤く染まっていく。


「どうして……私、なにか気にさわるような……った、の」

「君は何も悪くはない。私がいけなかったんだ」


 そう、妖精に善悪の概念は存在しない。彼女につみを教えたのは他ならぬ私だ。


「私のこと……嫌いに、なっちゃ……?」

「いや、君を嫌うなどありえない。愛しているよ。今までも、これからも。先にってくれ。私もすぐに。そうしたら、ずっと一緒だ」

「ああ、嬉しい」


 そっと唇を重ねれば、最愛のひとは目を閉じる。

 徐々に冷たくなる肢体からだを抱きしめていた私もやがて……。


――愛するひとよ。君とは地獄でげよう。

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