白い妖精【KAC20253・妖精】第一弾

カイ 壬

白い妖精

 「妖精」というお題に対して、おそらく異世界ファンタジーものが増えるだろうことは想像に難くない。ダンジョンものとして現代ファンタジーものもそれなりに増えるだろう。

 しかし現役の中年にとって「妖精」というお題を出されたら、真っ先に思い浮かぶのは「白い妖精」ナディア・コマネチ選手である。


 ルーマニア出身の元女子体操選手であり、十四歳のときに出場した一九七六年モントリオールオリンピックで金メダルを獲得。しかも段違い平行棒と平均台の二種目でオリンピック初の十点満点を叩き出したのだ。

 オリンピックの団体規定・団体自由・種目別の三つで十点満点を出したのはナディア・コマネチ選手と、一九八四年ロサンゼルスオリンピックで日本の森末慎二選手が記録したのみである。


 そもそも十四歳で体操選手として演技しているのを驚かれる方もいるだろうが、女子体操選手は十代で引退することが多く、競技年齢が極めて短いスポーツでもある。だが、技の激しさから怪我に悩まされる選手が多く、それが原因でリタイアするのも日常的だ。

 ナディア・コマネチ選手がオリンピックで十点満点を出した演技は、日本でもテレビ中継されており、まさに「白い妖精」の名にふさわしい可憐な演技であったという。

 コメディアンだったツービートのビートたけし氏はひじょうに感銘を受けたのか、レオタードの線を手の動きで表現した「コマネチ!」を持ち技とした。これにより、体操選手としてのナディア・コマネチ氏を知らなくても、「コマネチ」という名前だけは日本中に広まったのである。


 小柄な体でありながら躍動感があり、まさに「妖精が舞うような」演技を見せてくれたナディア・コマネチ選手。そんな彼女は一九八九年にルーマニアからハンガリー、オーストリア経由でアメリカに亡命しており、現在はオクラホマ州で後進の指導に当たっている。

 東西冷戦が終結し、国の威信を懸けた競技生活から離れた「白い妖精」は、次代の妖精を生み出せるのか。たいへん楽しみだ。


 途中で出てきた日本の森末慎二選手は、明るい人柄で引退後テレビのバラエティ番組に数多く出演。体操競技の認知と普及に一役買っている。しかし日本体操協会とは不仲とされていたのか、後進の指導に当たることが許されていなかった時期がある。日本体操協会に許可を取らずにテレビに出たりCM契約をしたりしたせいとも言われている。

 森末慎二氏はマンガ原作として『ガンバ! Fly high』(のちに『ガンバリスト駿』の名でアニメ化された)に携わっており、そこで提唱された「楽しい体操」は、「美しい体操」という形で現在の日本体操のDNAともなっているのだ。

 その功績が認められたのか、現在は日本体操協会の理事を務めており、旧態然とした日本体操協会の改革に尽力しているそうだ。


 「妖精」はきらびやかな世界の住人ではなく、泥臭く血みどろな練習を繰り返してきた者のみがたどり着ける境地なのだろう。

 私たちは「妖精」の影の努力にも目を向けて正当に評価して然るべきである。




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