後編

 なんとはた迷惑な。

 うっかり口から出そうになった感想をギリギリ押しとどめた。相手は婚約者の祖母である。悪くいってはいけない。とは思うが、祓魔師清明の代理であるトリの妖精王(自称)の話を聞いた率直な気持ちではある。


「おばあちゃん……ホントに恋愛したことなかったんだね。ドラマチックな恋なんて絶対しんどいだけなのに」


 まったくもって同感である。いや、そんな恋したことないけど。って、あれ?


「マコはあるの? ドラマチックな恋愛経験」

「ないけど。誰かに恋したことがあれば想像つくじゃない」


 大人げないと思いつつホッとしてしまう。想像でよかった。


「ところでトリさん、一個訊きたいんだけど、ひな人形を飾らなかった年にシンちゃんが盲腸で入院したのって、どういう理由わけ?」

「それトリな! わざとじゃなかったらしいトリよ。しまわれた状態だと力のコントロールがうまくできないんだっていってるトリ。危害をくわえるつもりはなかったんだって謝ってるトリ」


 ほんとうにひな人形のせいだったのか。正直、盲腸にかんしては偶然だったんじゃないかと思っていたのだが。力加減を間違えたひな人形にうっかり殺された——なんてことにならなくてよかった。あらためて考えるとなかなかに恐ろしい状況だったのではないだろうか。


 真琴は「なるほど……」とひとつうなずいて、おもむろに立ちあがった。そのままひな人形のまえに移動する。


「おひなさま。まずは、おばあちゃんの願いを叶えようとしてくれてありがとう。そのお気持ちには感謝します。でも私は、ドラマチックな恋よりおだやかな恋がしたいの。ジェットコースターよりメリーゴーラウンド、おばけ屋敷より観覧車、あとなんだ、ウォータースライダーより温泉? みたいな。だいたいねどんな平凡な恋だって、いま別れたばかりなのにもう会いたいとか、好きすぎて胸が苦しいとか、こんなこといったら嫌われるんじゃないかとか、なんであんなこといっちゃったんだろうとか、恋愛中の感情は日常的に振れ幅ヤバいんだから。それ以上のアクシデントとかいらないの! ていうか、恋とか信頼とかが育つまえに引き離されたらたいていそこでおわるからね!」


 静かに語りはじめた真琴だったが話しているうちに興奮してきたようで、途中から仁王立ちになって言葉を飛ばしている。


「正直、社長令嬢のアプローチにいっさいなびかなかったシンちゃんにはちょっとキュンとしちゃったけど。でもそれは『おまけ』みたいなものなの。おまけがなかったとしても私たちはお互いちゃんと好きで、これから結婚して夫婦になりたいと思ってる」


 おしみなく吐露されていく真琴の本音におれは内心感動していた。

 ありがとうおひなさま。これ以上の試練は遠慮したいところだけど、おかげで彼女の素直な気持ちが聞けたことには感謝したい。


「病気、転勤、横恋慕、退職、結婚まえにこれだけ起これば十分でしょ。お願いだから、もうよけいな手だしはしないで。ていうか、これ以上なにかしようとするなら人形供養にだすからね。燃やすよ。わかった?」


 おひなさまはなにも答えない。それはそうだ。おれにひな人形の声は聞こえない。真琴も聞こえないはずだ。


「トリさん、通訳」

「燃やさないでーって泣いてるトリ。おひなちゃんも恋愛はよくわからないみたいトリ。悪気はなかったんだトリ。ゆるしてやってほしいトリ」


 なんかこっちが悪者みたくなっているのは気のせいだろうか。


「話聞いてた? この先、私とシンちゃんのことに手だししないって約束してくれるなら燃やしたりしないわよ」


 真琴の声も、わからずやの子どもをさとすようなトーンになっている。


「約束するっていってるトリ! トリが証人トリ!! あ、もし約束をやぶったら、燃やすよりキヨアキに祓ってもらったほうが確実トリ!!」

「あ、そうなんだ? じゃあ、そのときはお願いしますってことで。ひとまず解決って思っていいのかな」

「いいトリ! 解決トリイイィイイ!!」


 トリはバンザイするようにバッサーと羽をひろげた。しかし見れば見るほどまるいからだである。


「あのー、おれからも一個いい? 完全な興味本位なんだけど、お殿さまはこの一件をどう思ってんの?」


 トリが話すのはもっぱら『おひなちゃん』の言葉で、お殿さまのおの字もでてこなかったのが気になっていたのである。


「お殿さまはおひなちゃんにぞっこんだから、おひなちゃんのいいなりトリ! それから、お殿さまにはおひなちゃんみたいな力もないから無害トリ!!」

「あ、そうなんだ」


 恋がわからないおひなさまと、おひなさまにべた惚れのお殿さま。そして、強い力を持つおひなさまと、なんの力も持たないお殿さま。

 なんだこの、今にもラブコメファンタジーがはじまりそうなひな人形カップルは。

 ていうかぞっこんて。リアルで聞いたのは、はじめてかもしれない。

 そしてお殿さま、いろいろ弱すぎないか。殿なのに。


「おひなさまは人のことより自分の恋愛をなんとかしたほうがよさそうだね」


 あきれたらいいのか笑ったらいいのかわからないというような複雑な顔でつぶやく真琴に心底同意する。


 見た目はごくふつうの、おだやかでやさしい顔をした親王飾りのひな人形。

 その中身(?)は、強い力を持ちながらも恋愛音痴なおひなさまと、力もなければ害もない、存在感が希薄するぎるお殿さま。


 彼らの恋を見守り……はしない、というか霊感もなにもないおれには見守りようがないのだけれど。まあ、とりあえずがんばれ、お殿さま。


     (了)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祓魔師の代理は妖精王? 野森ちえこ @nono_chie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説