中編
件のひな人形はリビングにあるサイドボードの天板に鎮座していた。いつもならもうとっくにしまっているというが、今回は
ただ間の悪いことに、清明本人は現在海外に出張中であった。とりあえず対象(ひな人形)の写真を送れというので、真琴に撮ってもらったものを送ったのだが『写真で見るかぎりではそう悪いものではなさそう』だという。ほんとうにヤバいものは写真からでもわかるらしい。
『ひとまずオレの代理に行ってもらうわ。ちょっとびっくりするかもしれないけど、見えない存在と話せるやつだから。それで祓う必要がありそうなら、帰国してからあらためてオレが行くよ』
というわけで、今日はその『代理』がやってくることになっている。
サイドボードの天板に飾られているそれは、見た目はごくふつうの、おだやかでやさしい顔をしたひな人形だ。
真琴が生まれたとき、祖母から贈られたというそれを、真琴はとても大切にしてきたという。ちょうどそんな話を聞いていたところだった。
「トリの降臨だトリイィイイー!!」
とつじょ響きわたったかん高い声にギョッとする。それと同時に発生した強い光に一瞬視界を奪われた。
五秒か十秒か。もどった視界におかしなものが映りこむ。
「ちょっとシンちゃん! なんか変なのきたんだけど! なにあれ!」
おれも訊きたい。
ひな人形のまんまえで、バッサバッサと羽をひろげているまるっこい生きもの(?)はなんだろう。
「失礼トリね。我こそは全トリの頂点に立つトリ界の妖精王トリよ!」
羽をひろげてもせいぜい二十センチくらいしかない、見た目はちんまりとまんまるい、鳥っぽいなにかではある。
「妖精……まさか、キヨの代理って……」
「そうトリ! 別件でイギリスに行ってるキヨアキのかわりにわざわざきてやったんだトリ。ありがたく思うトリ!」
ほんとうにこれが代理なのか。
思わず天をあおいでしまう。
確かに、びっくりするかもしれないとはいっていた。だがしかし。せいぜい見た目が奇抜だとか、クセが強い人間がくるのかなくらいにしか考えていなかった。
まさか妖精(自称)がくるとは誰も思わないだろう。しかも王だなんて。
想定外の『代理』の登場にどう反応すればいいのか途方に暮れてしまう。
いや、でも、清明が送りこんできたのだ。それに『見えない存在と話せるやつ』だといっていた。
「ええと……じゃあ、さっそく見てもらえますか」
「もうおわってるトリ!」
「え」
「マコちゃんていうのは、おまえのことトリ?」
とつぜん名前を呼ばれた真琴は一拍おくれて「そうだけど」とうなずいた。
「じゃあ、チヨちゃんていう人間を知ってるトリ?」
「……おばあちゃんが
ふむふむと、羽を胸のまえに持ってくる。腕を組んでいるつもりなのかもしれない。
「簡単にいうと、おひなちゃんはチヨちゃんの願いごとを叶えようとしていただけトリ」
「おばあちゃんの願いごと?」
「そうトリ! チヨちゃんはドラマチックな恋をしたかったんだトリ!!」
思わず真琴と顔を見あわせてしまう。意味わからん。
「……簡単でなくていいので、もうすこしくわしく」と、おれがいうと、トリ妖精は「しょうがないトリね」といいつつ喜々として語りだした。しかしながらトリトリうるさい(聞きづらい)ので、人間の言葉で内容をまとめてみようと思う。
話は真琴の祖母である千代子さんが結婚するまえまでさかのぼる。
その当時、結婚というものはまだ個人の気持ちよりも家同士の結びつきや社会制度のほうが重視される時代だった。千代子さんもまた当然のように、親のすすめにしたがって一度顔をあわせただけの相手に嫁いだのである。
しかしこの千代子さん。じつは人一倍『恋』にあこがれる気持ちを持っていたらしい。
ロマンチックでドラマチックな、燃えあがるような恋がしてみたい。
しかし千代子さんには、夫を裏切るようなマネはできなかった。幸いにして夫となった人はとてもやさしく穏やかな男性だったからなおさらだったのかもしれない。
それで千代子さんは『いつか女の子が生まれたら、その恋を応援できる母親になりたい』と考えるようになったのだという。だがしかし。その後三人の子宝にめぐまれるもその全員が男子だった。
そうして千代子さんの密やかなあこがれが叶えられることはなく月日は流れ、やがてそれぞれに家庭を持つようになった息子たちのなかで次男夫婦のもとに女の子が生まれた。それが真琴である。
このとき、千代子さんの胸に去来したものは想像にかたくない。
はたして千代子さんは、かわいい孫娘に贈ったひな人形にウキウキと願ったのである。
自身ではついぞ叶えられなかった夢。ロマンチックでドラマチックで燃えあがるような、一生ものの恋が孫娘におとずれますように——と。
(つづく)
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