花と散りゆく年月の

宵宮祀花

噂の真相


 噂は本当だった。

 瀬那が、美澄先輩のこと狙ってるって。卒業式の日に告白するつもりだって。

 ずっと相談に乗ってくれていたのに、いざ話しかけに行こうとすると色々言い訳を添えて牽制してきたのは、このときのためだったんだ。

 桜吹雪の中佇む二人は悔しいけどお似合いで、凄く絵になっていて。

 割り込むどころか、近付くことすら出来なかった。


「結構、本気だったんだけどな……」


 でも結局はその程度って言われたら、そうなのかも知れない。本気なら例え親友が告白中だって割り込んで行くくらいするはずって言われたら、なにも言い返せない。

 いままでだって、まだ早いとか何とか言われても会いに行けば良かったんだ。そうしなかったのは、ただただ臆病だったから。

 行動しない人間に、結果がついてくると思う?

 つまり、そういうこと。なにもしなかったから、なにも起きなかった。それだけ。

 これで瀬那を責めるのは違う。話を聞いてくれたのは事実で、応援してくれたのもきっと本当。

 瀬那が戻って来たら、どんな結果でも受け止めよう。

 それが、自分からなにもしなかった人間に、唯一出来ることだから。


 一枚の絵画みたいな、青春映画のポスターみたいな二人に背を向けて。

 芽吹きもしなかった恋を、地中で腐らせた。


 * * *


 噂は、本当だった。

 美澄先輩は、どうしようもないクズだって。いいところは顔だけだって。

 自分以外の人間を、自分を引き立てるためのアイテムくらいにしか思ってない。

 気分で弄んでいい手頃なオモチャくらいにしか思ってない。遊んで飽きたら適当に捨てて、次のオモチャを探すだけ。捨てられたオモチャがどんなに喚いても周りから「先輩に捨てられた腹いせで悪い噂を流している憐れな負け犬」だと思われることを知っている。自分の悪い噂さえも面白がっている人だ。

 ずっと、明里の相談に乗りながら委員会を利用して噂を確かめてきた。ただの噂か真実かわからないのに、あの人クズらしいよなんて言いたくなかったから。そして、クズの噂を流されてる可哀想な人だとも決めつけたくなかったから。

 でも、話せば話すほど噂が真実だったと思い知るばかりで、なにも知らない明里は理想の美澄先輩像を膨らませていく一方で。

 だから会いに行こうとする度、苦しい言い訳で引き留めてきた。

 正直後半は、苦しすぎて滅茶苦茶なことを言っていたと思う。もしかしたら自分が抜け駆けしようとしているから会わせまいとしているんだ、と思われたかも知れないけれど。

 それでもこの人にだけは近付かせたくなかった。

 物語みたいな恋に憧れている明里に、こんなモラハラクズなんか相応しくない。

 桜の木の下、卒業式の日に、先輩と後輩が向かい合う。

 外から見たらきっと絵になる光景だろう。俯いている自分を遠目に見たら、最後の日に告白をがんばっている健気な後輩に映るかも知れない。

 後ろに回した手が、握りしめた拳が、震えていることに誰が気付くだろう。

 突然呼び出されたと思ったら「今日一晩だけなら付き合ってもいいよ?」「友達のためとか言って、自分が近付きたかったんだよね?」なんて。心底馬鹿にしてる。

 他人を陥れる目的以外でも、人って行動することがあるんですよ、先輩。


「ご卒業、本当におめでとうございます」


 心の底からそう告げて、先輩の前から走り去る。

 本当に、本当に、いなくなってくれて良かった。

 これからの一年間、きっと明里は自分を友人とは思ってくれないだろうけれど。

 それでもこの恋だけは、散らされるわけにはいかなかった。


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