宵闇あやかし灯籠〈KAC2025〉

ミコト楚良

よいやみあやかしあんどん

 二月初午はつうまの日となれば、ここ日本橋界隈は笛、太鼓のお囃子はやしにお神楽かぐらと、夜が明けきらぬうちから、みな浮き立っていた。


稲荷講いなりこう~、万年講まんねんこう~」

 正一位稲荷大明神しょういちいいなりだいみょうじんと書いた五彩ごさいのぼりを持った子を先頭に、わらべたちは太鼓をたたいて唄いながら、稲荷いなりまで歩いていく。道すがら家々を回り、菓子や小遣こづかいを貰うのだ。

 

 たくさんある物の例えだが、伊勢屋、稲荷いなりに犬のくそとは、よく言ったもので、 町々だけでなく、たいていの大名屋敷には稲荷のほこらがあった。いつもは厳めしく閉めてある門が、この日ばかりは開け放たれ、来た者に甘酒や団子だんごの接待をするものだから、子供たちは正月と同じくらい初午はつうまの日を楽しみにしている。


 そんな初午はつうまの日を楽しみにしているのは、人だけではない。

 つまりは、あやかし、この国で妖怪と呼ばれる者も楽しみにしていた。

 

――自分はどうも、地口灯籠じぐちあんどんあかりが灯ったときに生まれた気がする。駄洒落だじゃれとか好きだし。 


 その小さいあやかしは、灯された地口灯籠じぐちあんどんの中に潜んでいた。

 地口じぐちとは、洒落しゃれのこと。言葉遊びである。

 地口灯籠じぐちとうろう稲荷講いなりこうの間だけ掲げるものだから、簡単な作りだ。木枠の直方体を作り、その三面に紙を貼り、 底に細木をわたして、ろうそくを立てるようになっている。

 そして誰が思いついたのだろう、灯籠とうろうの紙の面に駄洒落だじゃれを書いた。おもしろさを競ううちに、目立つように素朴な画を描き添えるようになった。

 

――とりつくなら力の弱い女子がよい。食い意地の張ったのなら、なおよい。


 すると卵に目鼻(かわいらしい)、うってつけの女子がやって来たではないか。小さなは勢いつけて、地口灯籠じぐちとうろうから女子の振袖に飛び降りた。

『これは肉桂にっけい』(これは失敬)

 まずは御挨拶。

「なんかようかぃ妖怪、ここのか、とうか」(なんか八日ようか(用かい)、九日、十日)


『……』

 速攻で返って来た駄洒落だじゃれに、あやかしは面食らった。鮮やかに返されるとは思っていなかったのだ。最悪、去年のように、虫が飛んできたとはらわれることを、まず心配していた。

『オレのこと、おこわ飯?』(オレのこと、怖くないの?)

 思わず、女子の振袖の腕にのっかったまま、もじもじとしてしまった。

 女子は袖に、あやかしを乗せたまま武家屋敷の長屋門ながやもんをくぐった。

「死んだお母ちゃんが、初午はつうまの稲荷講の夜、ちいさんが団子だんご食べたがってついて来たら、やさしくしておやりと、よく言っていた。ちいさんは、むかぁし、異国の伴天連ばてれんさんについて来た妖精ようせいなんだって」

『よ、ようせい』

 あやかしは何だか身体からだの芯から、かぁっと温かなものが込み上げて来た。

 妖怪でなく、妖精と言い方を変えれば、己の心持ちから違うではないか。


「そら、たもとに入るとええよ。お団子だんご、貰いに行こ」

 女子は、あやかしに着物のたもとを開いてくれた。そして、二人はお神楽かぐらの音が聞こえるにぎやかな庭へと歩いていった。


美味おいしいかい?」

 団子だんごの味を女子に聞かれて、あやかしは、こくこく頷いて答えた。


――馬勝った(美味うまかった)、牛勝った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宵闇あやかし灯籠〈KAC2025〉 ミコト楚良 @mm_sora_mm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説